2010/08/08

Shape of My Heart

えと,ガキっぽいと言われてしまうかもしれませんが,実はBackstreet Boysがけっこう好きで,たまに車の中でも音楽をかけています.



私がアメリカにいた頃は爆発的な人気だったので,よくテレビや街中でも目にしていました.

しかしながら,日本のカウンターパートのジャニーズなんかを見ていれば分かると思うのだけれど,基本,女性ファンが多い(というか普通)上に,「ゲイの好物」みたいな噂を耳にすることがあったので,男(特にアメリカ人)同士では特に話題にすることはありませんでした.(女の子とは,なんかいろいろ喋っていた記憶がある.確かCapitol Hillにグッズショップがあったはずだが)

ちょっと今日,街中のCD屋さんでバックストリートボーイズのポスターを見かけたのだけれど,やっぱりケヴィンがいないと,なんか「物足りない」って感じがしてしまう.(実は2001年に難波にあったハードロックカフェの前で,バックストリートボーイズを見かけたことがある.遠目だったけれど,周りでちょっと「ざわついた」雰囲気があった.「いくらなんでも,洋楽ファンの集まる場所に来たらあかんやろ(身元ばれるやろ)」と思いましたが)

こういうアイドルグループにありがちなのだけれど,同じタイプの男前ばっかり集めていても仕方がないので,ちょっと残念な風貌の人たち(特に誰とは言わないが)とイケメン担当を2, 3人というアレンジがちょうどバランスが取れますよね.

ニック・カーターとケヴィン・リチャードソンがちょうど違うタイプのイケメン担当だったので,この二人が揃うとなかなか華のあるグループという感じだったのだけれど,ケヴィンが抜けて,ニックだけがイケメン担当だとなんだか物足りない感じがしてしまう.(それにちょっとぽっちゃりしちゃったというか,オーラみたいなのがなくなったような気がするのだけれど)

まぁ,でもボーカルの実力は持っていた人たちだし,そんなに「落ちぶれた」って感じがするわけでもないので別にいいかって感じがする.

私がちょうどアメリカにいた同時期に,ブリトニー・スピアーズが爆発的人気で,それこそ妖精のような美しさと危うさを醸し出していたのだけれど,どこかでプッツンしちゃったので,今ではなんだか「いたい」人になってしまいましたね.それこそパリス・ヒルトンと同じで,おくすりでもやっているんじゃないかっていうくらい.

映画の子役なんかが,いろいろと成長過程において問題を抱えてしまうという話はけっこう有名だけれど,10代の後半に爆発的な人気を誇った女性アイドルが,なんかのきっかけで「プッツン」してしまって,自我を崩壊させてしまうということは,古今東西よくある話のように思えるのだが,どうしてなのであろうか?

まず一つ言えるのが,残酷な事実なのかもしれないけれど,若さと美貌が一番輝く時期が10代の後半の頃で,この青春の輝きのようなものを売りにしている人たちは,自分の価値が崩れていく様を見ていくことに耐えられないのではないか,ということは十分に考えられる.(内面から醸し出されるような大人の魅力は,純粋に生得的なものではないので,10代の頃の美しさとの関連性がない,と想定する)

瑞々しさと美しさと,それにいつ枯れるか知れない脆さ,言うなれば桜のような一瞬の輝きこそが自分を支える価値で,自分にも他人にも,そして商業価値という非常に分かりやすい形で価値が損なわれてしまうということは,常人の精神を破壊するに十分な痛みなのであるのかもしれない.

なんとなく,「アルジャーノンに花束を」のチャーリーの知能が損なわれていく過程を思い起こさせてしまう.いかなる努力や精進もそれを抑えることができない,それでいて誇大化してしまった自我を支えるに十分な価値が足音を立てて崩れ落ちてしまう過程を,常人は眺めるだけの力がないのかも知れない.

チャーリーが自分の知能の衰えのおかげで,自己の崩壊を真正面から受け止めずにすむという境遇にあったことは,ある意味,幸福なことであったのかもしれない.常人が自己の価値の崩壊を受け止めるには力が足りなさすぎるので,薬に頼ったり,もしくは奇行によって自己と周囲のイメージの隔離を合わせようとする制御力のようなものが働いてしまうのかもしれない.

この種の自傷行為が持つ心理学的意義についてはよく分からないが,メディアの発達によって,自然な環境では考えられないほどの膨大な羨望や嫉妬の眼差しに耐えられる程,人間心理は強固にできていないのではないか,と考えるのは容易なことのように思える.

なんだか,この文章を書こうと,当初思っていたことと違う内容になってしまった.

You can save me from the man that I've become

Lookin' back on the thing I've done

I was tryin' to be someone

自己評価と一致する程度の評価を下してくれる人間が周囲にいるということは,単純に考えるよりも幸せなことなのかもしれない.

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