2010/12/27

保育士の資格

えと,うちの大学には幼児教育科があるので,必然的に保育士や幼稚園教諭の養成に力を入れることとなります.

正直に言って,私は幼児教育なんてほとんど知らんので(最近,実は知らないフリをしているだけという説もある),

「保育士に必要なものはなんぞや」

的な話をしている人たちを見ると,傍で「ふーん」という顔をして見ているだけにしている.余計なことを言うと,余分な仕事が増えるだけだし.

学科カリキュラムやら受験要項やらに,受験者に求めるもの,さらには保育士に求めるものなんてのを議論している人たちがいるのだけれど,彼らの言っていることが本当に事実なのか誠に疑わしいと思いながら聞いている.

私なんてのは,「あるべき姿」的な話は基本的に信用ならんと考えているので,幼児教育を志す動機なんて,元気で,社交的で,そんでもって幾ばくか子供が好きならそれでいいのではないかと単純に考えているのだけれど,なんかそういうわけにはいかないみたいです.理由はよく知らないのだけれど,

「元気で子供が好きだから」という理由だけで幼児教育を志されても,ねぇ.

という愚痴を先輩諸氏の先生方が宣ったりするわけですけれど,私には資質としてはそれだけで十分なような気がする.ダメなんだろうか.

そもそも,18歳という年齢で人生設計があれこれと決まるわけでもないだろうし,基本的にいろいろなものにアンテナを張っておいて欲しいし,とりあえず受験する段階で,

あ,これよさそう.

という感性が働いたのであれば,その感性を大事にしておいて欲しいと私は思う.それは言うなれば,第六感,自分の中の生存本能がそういう風に機能せいという指令を出したのだと肯定的に受け止めりゃそれでよいではないかと思うのである.

自分がある種の職業を選択するのに,必然性も何もないだろうと思うし,そういったざっくばらんさが保証されているのが,職業選択の自由を保障する資本主義のいいところなのではあるまいか.

何が自分に向いていて,自分の能力を最大限発揮できるのかなんて神のみぞ知る領域なんだから,自分の思い込みでガンガン突っ走ればそれでいいと思う.仕事なんてとりあえず「やってみない」と何も分からんもんだし.やる前からあれこれと議論したり,考えたりしてもたいして意味はない気がする.

そのことに関して,所謂,「教師」なる人たちがあれこれ口出しすべきではないと個人的には強く思う.

とは思うのだけれど,なんか,合格した受験生達に,新聞を読むことによって,昨今の子供問題や社会問題に関心を持って欲しいとか考える人たちが多いので,なんかスクラップブックを作らせるとかいう課題を課したりするそうです.

まー,好きにすればいいと思いますけど.

しかし,新聞やらメディアが伝える情報が「真実だ」と考える大学教員って意外に多いみたいですね.私個人としては

がっくり

としてしまうのだけれど.

そもそも,マスメディアが伝える情報というのは,自分たちの情報が売れるかどうか,そして自分たちが世論を作ってやっているのだという教条主義に支えられているので,論理もへったくれもない(ことが多い)のに,そんなものを後生大事にされても大学教育には百害あって一利なしと思うのだけれど.

そうではなくて,マスメディアの伝える情報も,ある種の観点から切り取られた情報の一部であって,それを肯定的ないしは否定的に分析する機会を与えることにこそ意味があるのであって,人様の情報を鵜呑みにして,それを「大学教育」と呼ぶのは随分と怪しいというか,場合によっては詐欺なのではないかとすら思える程なのですけれど.

まぁ,思考を相対化するという訓練を受けていない人たちが集まると,こういうことになるということなのかもしれない.

そもそも,自己を含めて,分析・相対化するという能力が決定的に欠けている人たちは,やたらと教条的なことを口にするものだなと(悪い意味で)感心してしまう.よくも,まぁ,あれだけ自分に自信を持って,自分はこれだけのことを知っている立派な教育者・保育者だから私の言うことに従いなさいなどと言えるもんだなと思う.

そういう人ってよく考えたら,小学校や中学校に多かったですね.だいたいが,彼らの頭の中には,「模範解答」なるものがあって,そこから逸脱することを考える人間を「変」だとか言って,小バカにしたりするのだけれど,こういうのって想像力の欠如って言うんだろうなと子供心にいろいろと考えていたものである.

大学に行って,周りの友人や少なくない大学教員がそうではないということを知って,自分は心地よい開放感を感じたのをなんとなく昨晩思い出していたのです.

保育者は,あれも知って,これも知って,それでいてこういう体験もしておいてetc etcと,自分は本当にそんなこと知っているんかえ?と傍から聞いてやりたくなることもよくありますけれど,せめて自分だけは,もっと肩の力を抜いて,気楽にやって,そんでもって,私の言っていること自体も,ある意見の一つに過ぎないということに気づいてもらって,それを客観的に評価できるような視点が養えるような機会を提供していきたいなと思っているのですけれど.

って,来年度の授業計画を考えながら思いついたのですが,でも,たかだか語学じゃな.志高くしてもしゃーないですしね.

難しいもんだな.

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