2011/01/31

逆チョコ

先生,好きです.だから,バレンタインには,

私にケーキを奢ってください!

??

え?バレンタインって,そんな日だったっけっか??

私の記憶が確かならば,日本では女性が男性にチョコレートをくれる日であったと記憶しているのだが??

なんか,世の中は絶えず変化しているようで.

2011/01/30

大学の成績のつけかた

えと,大学の授業の成績ってどうやってつけるんですか?という疑問ってけっこう多いと思うのだけれど,基本,インストラクターの先生に任されています.

けっこう適当につける人も多い.

個人的には,できるだけフェアにやりたいので,なるべく機械的に,客観的な数字で評価するようにしています.

フェアネスを保つのは教員としての義務だと思うし.

成績のつけかたとしては,うちの大学は基本,教員の裁量に任されているので,私は絶対評価でやっています.基準は甘いもんで,普通にちゃんと授業に来て,そこそこテストの点数を取っていれば,「優」になるような基準を採用している.(でも,優の中の上位も下位もまとめて「優」ってなんだか腑に落ちないんですよね.数字にすればいいのに)

そんでもって,ちゃんと授業に来ていれば,テストが悪くても他に色をつけるとかいう措置もやってて,それでも拾えなければ,残念でしたの「不可」になる.

自分でもこんなに甘い教員いないだろとか思うのだけれど,それでも落ちる人はいるもんですね.必修単位なので,なるべく単位はあげたいんですけど,さすがにどーしようもない人にまであげると,ちゃんとやっている人たちがバカみたいなので,恨みを買おうがどうしようが落とす必要はあると思う.

落とさない人もいるので,難儀といえば,難儀なんですけど.

それと,成績管理は当然かもしれませんが,けっこうきちんとやっています.(高校教員の水準からすれば,「当たり前」というレベルなのですが,大学教員だと適当になっちゃう人が多いので,この業界では評価されることなのかもしれません.それだけ,大学教員って適当にやっててもなんとかなるいい加減な商売だとも言えるのですが)

実は,大学の成績に関しては未だに苦い記憶があって.

自分が大学時分の頃の話なのだけれど,とある英語授業で,中間・期末テストともに優秀な評価で(数値化はされてませんでしたが),一人一回当たる発表の時の評価もべた褒めだったのに,なぜか「可」の成績をつけられたことがあります.

そんでもって,なぜか,私とよく似た姓名のクラスメイトが,テストは散々(お互いに確認していた),発表はすっぽかすといった案配だったのにも関わらず,「優」の成績がついていたのです.

成績発表の時にお互いに成績表を見せ合って,「たぶん,間違えているんじゃない?」ということで意見が一致したのだけれど.

H大では,当時は成績にクレームをつけられる期間が3日程あったのだけれど,その担当教員の部屋に行ってみれば,「出張中で,1週間は帰らない」との掲示が部屋の前に.

今とは違って,教員のコンタクト情報がそれほど明らかな時代でもなかったのでemailアドレスも何も分からず,しゃーないので教務の方で事情を説明して,担当教員と連絡を取りたいのだがと交渉したところ,露骨に

めんどくさい奴が来た

という態度を取られ,バカにされたような言動で,「知りません,答えられません」と無下に扱われてしまった.(国立大学の当時の事務が,どれだけ嫌な奴らの集団かということをご存じの人には分かってもらえると思うのですが)

血の気の多い若い時代だったので,殴り倒してやりたくもなったのだけれど,まぁ,そんなことをすれば,自分が処分されかねなかったので渋々帰路についた.

まぁ,たかだか大学の成績だし,ということでなんとか自分では諦めたのだけれど,これが実は後日響くことになっちゃいました.

3年になって,交換留学の試験,さらには文部省(当時)の奨学金の推薦を受ける際の口頭試問で,なぜ一つだけ英語の成績に「可」がついているのかを咎められたのです.(「I井がボケてたせいじゃ!」と言いたかったのですが)

まぁ,事情を説明して,腑に落ちない顔を試験官にされてしまいましたが,この面談のせいで,またまたいい加減な大学教員に対する怒りがワラワラと.

さらに,後日,この教員が自分の所属する研究室の出身者だったということが判明する.

全く,世の中は狭い.

未だにこの担当教員には,異議申し立てをできないでいますけれど,自分はこういうミスはするまいと心に誓っていたのです.

しかしまぁ,たかだかこの程度のことをいつまでも恨んでいるとは,私もけっこう執念深い奴なんだな.

女子大の先生なんて

校外にて.

とある本屋さんで立ち読みをしていると,にやにやした女の子たちに囲まれる.

うちの学生さんたちである.

駅前を歩く.

いきなり視線を感じ,携帯電話でパシャパシャと写真を撮られる.

うちの学生さんたちである.

レンタルビデオ屋さんで,なんだか見知った顔を見かける.

うちの学生さんである.(18禁のDVDを借りなくてよかった.って,実は借りたことないんですけど)

これら全て,ここ1週間の間のできごとである.

なんだかいつでもどこでも監視されている気になるし,若い女の子たちを見ると「うちの学生なんじゃ?」とびくびく(ドキドキではないのが悲しいところだ)してしまう.

首都圏や関西と違って,札幌程度の規模の都市だと,街中に行くとご対面してしまう可能性が高くて,それがちょっと困りものなんです.

うちの学生さんだけ,なんか目印つけて歩いてくれないかなー.(制服とか)

2011/01/29

やな国

えと,アジアカップで韓国のキが人種差別的な格好をして日本を挑発したのを,自分がスコットランドで受けてきた人種差別に対抗したものだと詭弁を述べているんですけど,これがSunに取り上げられてますね.

Cheeky monKI

実力的には,せっかくいい選手だと思ったのにがっかり.

元メジャーリーガーのキム・ビュンヒュン(今年から楽天らしいが)もそうですけど,なんかこの手のどうしようもない人たちが韓国のスポーツ界を支えている現実は残念に思う.

学術関係なら,いい人が多い国なんですけどね.

2011/01/28

コネクション

えと,人付き合いが悪いとか,常識がないとか,変人とかいろいろと言われますけれど,やっぱり大学人も普通に人脈を広げる能力が重要なのだなと実感したここ最近.

おかげさまで,ちょっとはうちのお嬢ちゃんたちにいい授業を提供できる機会が増えそうです.(やっぱり,できるだけいい人を引っ張ってくるのが彼女たちにとってもいいことなのだと思うし)

それと.

実は先週末は,私の卒業式というか,PhDの授与式だったのだけれど,それもあって旧友たちと久しぶりに連絡を取り合いました.

みんな元気そうで,嬉しかったです.

世界中の中でも特別優秀な例外を除いて,我々のような凡人にとって,PhDの道のりって,本当に険しくて,何度,「生きててすみません」だとか,「こんなしょうもないこと考えてすみません」だとか思ったことかと,今ならちょっと気楽に思い返せるのだけれど,やっぱりみんなそういうことを考えながら,そして何度も挫折しながら論文を完成させるもんなんですよね.

実は私の外部審査に当たってくれたキャロラインも,私からしたら殿上人のような存在なのだけれど,学生当時は全く同じ事を考えていたということなので,世の中,そんなもんなのかもしれない.

だからこそ,一緒に苦楽を共にした彼らとは,なんだか戦友のような共通意識を感じるし,北米やヨーロッパの一流どころの研究機関でDrを取ってきた人たちとは,すぐにお互いをリスペクトする感情が生まれてくるのかもしれない.(欧米中心主義ですまない)

でも,こういう,お互いに尊重できる友人関係が築けるのはありがたいことだと本当に思う.メールの文面に「また会ったら飲みに行こう」とか書きあうのだけれど,同じ業界にいたら,そのうちどっかで会う機会もあるだろう.世界なんて思ったよりも狭いもんです.友人関係の中には,言葉や文化の壁よりも価値観を共有できることの方が重視されることがあるもんです.

やっぱり,海外に出て,得たものはいろいろ大きいもんだな.

2011/01/25

剽窃の扱いについて

剽窃,と日本語で言っても,私もピンときませんけど,要するにplagialism 「パクリ」をどうやって処罰するものか困ったものである.

実は,明日,英語でプレゼンテーションをするという口頭テストをやる予定で,それの原稿を前もって提出してもらったのだけれど,まぁ,剽窃が出てきたわけです.

あれだけ,丸写しはやめとけと言ってたのに.

1つは露骨にwikipediaのパクリだし,もう一つはフランス語混じりの,「お前,こんなん絶対書かれへんやろ!」というのが一目瞭然の答案.

まぁ,本当はパクリは全教科0点扱いにして,放校処分を検討すべきことなのだろうけど,日本の大学って昔からパクリは横行してますよね.

大学教員の業績も実は剽窃だったり,って,モゴモゴ

レポートの丸写しとか,日常茶飯事.

たぶん,学生もあまり罪悪感はないし,教員の一部も自分がやましいことをしているので,あまり厳しいことは言わないと思う.

困ったものである.

しっかし,仮にも英語教員に向かって,英語の文章丸パクリって.

本人はばれないと思っているのかもしれないけれど,そんなん一目瞭然やっちゅうねんな.日本人のエラーのパターンくらい,英語力に合わせて見当をつける能力くらい,その辺の大学教員なら持ち合わせてるという話.

さて,こいつらをどうしてやるか.

通年授業で,今までちゃんと授業に来てたという点を評価してやって,明日,追加の課題を与えて,それなりの出来だったら,最低の成績で通してやるかというところで落としどころを考え中.

まぁ,現実,そんなところだろな.

でも,できたら大学規模で,剽窃は絶対にしてはならないという指導は,しないといけないだろうな.

2011/01/24

お疲れ様でした.

喜味こいしさんが,肺がんのため亡くなりました.

兄の夢路いとしさんが8年前になくなって,「いとこい」漫才が聞けなくなって久しいですが,おもしろかったなぁ.



普通,大御所さんの漫才というのは,昔の栄光を称える意味でも,観客も無理して笑おうとする雰囲気があるのだけれど,いとこい漫才は老若男女,上方では誰でも安心して笑えたもんです.

失礼な言い方だけれど,ネタ的には全然たいしたことないのに,「間」の取り方が絶妙で,名人芸ってこういうのを言うんだなと若い頃から思っていたもんです.

喜味こいしさんは,実にいい表情をされている方で,こういうお爺さんって魅力的だなと思っていました.

特攻隊志望だったとか,広島での被爆体験だとか,いろいろ大変な局面を体験されてきた方だったのだけれど,戦後からの平和な日本の復興を支えてきた貴重な人材の一人だったと思います.

最近は「キレる年寄り」なんかが随分と多いみたいだけれど,年を取ったらこういう包容力を持つ「大人」になりたいものです.

2011/01/23

女子力?

頭のいい人たちとメールのやりとりなんかをする.なんか,精神的に落ち着くものがある.脳内お花畑の人たちと喋っていると,人間が嫌になってきますけど,やっぱり世の中バランスが取れているもんだと,感心しました.


さて.


なんか次から次へと奇々怪々な語彙が出てきますけれど,最近


「女子力」


なる言葉をよく耳にする.


その語彙が醸し出すイメージから自分なりに「意味」も見いだせるし,正直,男という視点から見て,この種の語彙にはあまりポジティブな雰囲気を見いだすことはできないのだけれど,元になったというか,発祥はどういう経緯だったのか気になった.


そこで,グーグル先生に聞いてみると,その定義は以下のようになるらしい.
「女性の、メイク、ファッション、センスに対するモチベーション、レベルなどを指す言葉。主にJJ, cancamなどを購読する層がよく使う。安野モヨコが『美人画報』で「女子力」を多用している。また、「男性受けを狙っている」というニュアンスの負の意味で使われることもある。ex)「A美って男の前では女子力全面に押し出してるよね」」はてなキーワードより
ふーん.
まぁ,語源だけは分かったかな,という感覚である.
要するに,女性間の女の戦いに勝ちつつも,異性からちやほやされるような人が女子力が高いと想定していいわけですよね.
それで.
男性誌の「女にモテるには」的な話を読んで,世の女性が,「明後日の方向に向かって頑張っているんだな」という印象を持つのと同じく,この種の女性誌の「ちやほやされる女になるには(愛され女子とか言うんでしたっけ?)」的な話を聞いて,我々,男性陣は,「山登りするって言ってるのに,なんで海で泳いでいるんだろ?」という印象を持ちます.
なんか,「女子力を向上させるには」とかいうランキングも見つかったのだけれど.
これができていると「女子力」が高いと思うことランキング(gooより)
 1位「一年を通してムダ毛処理を怠らない」:見ている人もいるみたいだけど,私は気にしないな.
2位「座っている時の足は常に揃った状態」:よっぽど蟹股とか,そういうのでもない限り,男は気づかないと思う.足の形状は見てますけど.
3位「着る服に合わせてメイクを変える」:男は気づかないと思う.
4位「浴衣の着付けができる」:ちょっと分かりません.
5位「飲み会の時さりげなく皿を片付ける」:確かに自分より先に片付けられると,「気づく子だな」と思います.
6位「ブラとショーツは常にセットではく」:男は気づかないと思う.
7位「ポケットティッシュ・ウェットティッシュを常に携帯している」ティッシュくらいは誰でも持っているものなのでは?
8位「カバンの中には裁縫道具」:ちょっと分かりません.
9位「定期的にネイルケア」:男は気づかないと思う.
10位「家着にも気を抜かない」:男はチェックしていないと思う.


なんか,とことんどうでもいい話ですね.「女子力」だとか,30代,40代の女性を差して,「女子」とかいう風潮,さっさと廃れて欲しいなと願っている2011年の1月.

2011/01/21

いろいろ疲れる

えと,うちの大学で国際交流を推進する仕事を担当している同僚さんがいるんですけど.

なんか,海外に行くのにパスポートが必要とかいうことを認識してなかったそうです.

( ̄▽ ̄;)

「パスポートって大事なんですねー(原文ママ)」

他にも「き○がい」発言連発で,なんか,もういろいろ疲れました.きっと,この人の頭の中はたくさんのコスモスなんかが咲いているお花畑で,脳みそはお花に栄養をたっぷりあげているので,頭が活動していないんですよね.だから,研究も何もしていないんですよね.それで,卒業論文で,「ジーニーが一般人並みに言語を獲得した」とかいう世界中の言語学者と心理学者にとっては噴飯物の指導ができたんですよね.

さーて,サッカーでも見よっと.あんまり自分の職場の現実に目を向けると,脳みそが糠味噌になってしまう.

紫の上計画

えと,ちょっと久しぶりにヨーロッパのPhD仲間だった女性から近況を教えてもらう.

懐かしい.

ヨーロッパでのアカポスゲットは大変だと思うけど,頑張ってほしいものです.

ところで.

日本だと,箱入り娘だとか,お嬢様だとか,なんか重宝されるというか,お嫁さん候補として望ましいとか思われる向きがあるけれど,個人的に私はあまり好きじゃない.

というか,20歳を過ぎて,箱入り娘の世間知らずは,なんかちょっと気持ち悪くすら思える.

温室育ちで,基本,自分だけじゃ何にもできなくて.って,なんかとてもじゃないですけど,パートナーになるのはもちろんのこと,対等な友人関係すら築くのは難しいと思うのだけれど.

なんか,この手のお嬢様のおっしゃられることは,何か,自分が「したい」と発言すれば,周囲が

「素晴らしいことでございます」

と褒め称えて,それこそ,あれやこれやとお膳立てをしてくれるというのが当たり前って感じなので,なんか発想を聞いているだけで,私みたいな庶民はドッと疲れてしまう.

世の中,誰も彼もそんな無条件で自分の選択を褒め称えて受け入れてくれるわけでもないし,準備や根回しやお膳立てなんかもしてくれるわけもないのに(周囲で常に誰かが世話してくれてたから,自分で何かをやるという発想がないんだな).

もちろん,温室育ちなので,旅なんてのも

「そんな,お嬢様,危険でございます.もし,お嬢様の身に何かあればetc etc」

という感じで,止められてたって感じだし.

世界も知らないし,世間も知らないし,一般的な社会人だと「知ってるだろ,そのくらい?」という知識もない.

こういう人には,仕事も任せられないし,そもそも批判めいた言葉に慣れておいででないので,ご注進もままならない.言葉遣いには誠心誠意気をつけないといけない.

そんなこんなで,女だからって,温室の安全な所に閉じ込めておいても,何にもならんだろうし,煮ても焼いても食えない大人になるだけだろ,とか考えていたのだけれど.

やっぱり,「かわいい子には旅をさせよ」ですよね.若い内に,いろいろやらせて,いろいろ体験させておいた方がいいと思う.18歳過ぎたら,女だろうが,大人だろ.たいていのことはできるはずだ.

「もし,何かあったら」的な発言をする人たちの臆病さも甚だ迷惑で,生きる上でリスクがあるのは,北海道も(安全な)世界もたいして変わらんだろ.戦場や紛争地域でもなければ,現地の人たちの常識に従って行動してれば,基本的には大丈夫だろうし(現地にも,女も子供もいるのである).

というわけで,ポテンシャルのある若い人たちに勉強してもらって,いろいろ体験してもらって,いい女になってもらおうという青写真を描いていたのである.

名付けて,

「紫の上計画」

って,なんか進むベクトルが,ちょっと違うな...(ちょっとだけ,曲がってください)

2011/01/19

レキシコン vs. シンタクス

えと,4月にお星様の大学でやる授業のreading assignmentに,内容,英文の明晰さ,分量ともにちょうどよかったので,ピーターの『現代の文法理論』(とは言っても,書かれたのは80年代ですけれど)のchapter 1を採用しようと思っているのだけれど,ちょっとおもしろい箇所を見つけました.

"In general, the elements of the lexicon are what we might think of  as words, although different syntactic theories have slightly different conceptions of what a `lexical item' is, and so it is not always safe to think of the lexicon as just a stock of words." Sells, 1985: 13

この箇所は,まさにその通りで,現行のminimalist syntaxの前提に立てば,おそらくlexiconはnumerationに入っている素性の束という以上の定義のものではなくて,affixやらsuffixといった形態論という分野で扱っている要素も,全て基本的にはコンピュテーションの作用ということになる.

極論すれば,lexiconという独立した部門はなくて,従来のGBなんかで扱われていたlexiconの仕事は全てsyntaxで扱われることになる.

これで,(大きな意味での)シンタクスの一部門が排除できるのだから,理論のメカとしてもすっきりするし,従来,argument structureという形で扱われていた現象も全てverbal structureに還元できれば,それはそれですっきりしてよろしいのである.

しかしながら.

英語や日本語などの対格言語なら,所謂,「主流」と呼ばれている現行のsyntaxのメカでもどうとでもなるのだけれど,単純な話,能格言語の記述になると,ちょっとめんどくさくなってくる.

単純に考えれば,small vがaccusative verbの素性の出所で,accusative caseをcheckするという部分を,能格用に変えてしまって,さらにTP-specにある要素をなんらかの形でagreeのchecking domainに入り込むような形にしないといけなくなってくるわけですよね(multiple TPを仮定したらできんことはないか.って,ややこしくてすまない).

c-commandの方をいじくりたくはないしな.

まぁ,理論内での話だと,これはこれで一つの重要なissueではあるのだけれど,その手のissueはさておき,能格言語に見られる格変化なんかを,ひとまずきっちりと記述するという仕事も,もちろん重要だと思う.

言語学が経験科学であり続けようとするならば,この仕事を怠けていてもいけない.

ただ,そのためには,syntaxというのは,意味と音声を構造を介して仲介するシステムであるということを念頭に置きつつも,ある程度,割り切ってレキシコンという道具を使ってもいいんじゃないかとも思う.(この場合,シンタクスがレキシコンを吸収するのではなくて,レキシコンがシンタクスを吸収し,それがシンタクスという名を踏襲するというワケ分からんことに.まぁ,所詮,記述の道具だ)

なんて考えていると,能格言語やら,スラブ系の言語やら,スカンジナビア諸語の現象も,minimalistのメカでどうなるかとかいう理論内部の話とは別に,これら多種多様な言語に観察される共通の特徴というものを抽出し,bottom-upな形で理論を構築しようと思えば,語彙論のメカを使うこともありだな,と最近,思い出してきた次第(流されやすい奴である.もしかすると,哲学がないのかもしれない).

top-downに理論のことを考えるのも好きなんだけど,それより先に,人間言語のオプションの一つとして許容される文法現象を,より包括的な形で総括していく仕事もやらないといけないな.

自分の頭の中で浮かんだお伽噺よりは,データに理論を語らせるような研究ってやつを.

2011/01/17

センター試験監督でちょっと死にかけていた.でも,ちょっと遊んでいた.

えと,まぁ,なんとかかんとかトラブルもなく無事にセンター試験が終了しました.

受験生はこれから本当の本番,頑張ってください.

私の勤務先は私立大学なのだけれど,センター試験監督に駆り出されました.まぁ,これも役割なので仕方がないか.

って,気楽に行きたかったのだけれど,監督当日の朝,吐き気がとにかく凄かったです.

寝ている最中で,朝の5時か6時にとにかく吐き気が凄かったので,起きて,ずっと吐き続ける.

ちょっと二度寝して,朝食に(当然食欲はない)バナナとヨーグルトを食べ,1時間しないうちに全部吐く.

とにかく食べ物も水分も,胃に入った物は全部吐くとかいう有様.

監督は午後だけだったので,昼に大学に着き,支給されている弁当を見る.

当然,食べる気にならない.

でも,栄養がなくて,試験官が突然倒れたりすると,新聞沙汰になってマスコミに叩かれるので,近くのセイコーマート(実は利用するのは人生で2度目)でウィダーインゼリーを買い,それで昼食とする.

午後の一発目,数II(B)の時間.頭も身体ものびていて,なんとか試験を乗り切る.

そして,休憩中に当然のように吐いてくる.

一応,保健センターにも行ったんだけれど,なんだったんだろう?これは.

出す物を出してしまうと,まぁ,一応,気分が良くなった感じ.足の関節が痛み出したのが気になるが...

というわけで,ちょっと元気になると,センター試験監督の暇をどうやって潰すのかということを考え出す.

センター試験を受験した人は知っていると思いますが,試験官の説明の後,ちょっと無駄に試験開始を待たないといけないとかいう暇な時間帯があります.

午後の2回目になると,受験者もこちらの顔を覚えたせいか,こっちの顔をジーッと見てくるので,こちらも右手の拳を握って,「ギュッ」という合図を送る.(イメージはスラムダンクの三井寿である)

すると,向こうも嬉しそうに「ギュッ」とやり返してくれる.

おぉ(ちょっと嬉しい).

頑張ってくれい.

調子に乗って,ヒーターの上に手を載せて,「熱っ!」というジェスチャーをやってみた.

ウケた.(一瞬,教室で「クスッ」という仕草をする人たちが数人出る)

あと,目が合った受験生達に首を縦に振ると,向こうも振り返してくれたりする.(ウンウンといった擬態語を想像してもらえれば)

かわいい子たちである.

一応,センター試験の実施中(休憩含む)は受験生と極力口をきかないようにとのお達しが出ているので,試験が終わるまでは何も喋りませんでしたが,試験終了後はいろいろと生の声が聞けました(とは言っても,最後の物理・地学の試験を受ける受験生はかなり少ないんですけど).

しっかし,女子高生ってキャピキャピしているというか,「若い」ですよね.えぇ,こういうことを思うようになって,自分も年を取ったんだと実感します.

センターできなかったという話だったので,

「じゃ,北大無理だったら,うちに来てね」

と,しっかり営業もやっておく.

「うちに来てくれたら,みんなで一緒にたこ焼き焼いておしゃべりしよう」

と言ったら,

「ほんとですか?行きます!」

とかいう反応が返ってきたのだけれど,北大受かって,うち来たら,親泣きまっせ.北大さんに受かったら,そっち行ったらよろしい.私も出講しているはずだし.

教室を出る時には,わざわざ

「今日はありがとうございました」

とか言いに来てくれたのだけれど,どういう教育をしたらこういう子たちができるのであろう?と感心してしまった.大丈夫,あなたたちならどこに行ってもかわいがってもらえますよ.

というわけで,終わる頃には元気だったのだけれど,雪道を歩いて帰ったせいか,帰宅するや否や,激しい悪寒におそわれる.それで,関節が激しく痛む.

とりあえず手を洗い,うがいをして,コンタクトを洗い,着替えてからベッドに潜り込む.

深夜にちょっとましになったので,シャワーを浴び,月見うどんを食べ,リンゴをかじり,月曜の授業準備をし,また寝込む.

という,ちょっと悲惨な日曜日でした.今は寝過ぎで,ちょっと頭がボケーっとしていますけど,元気になりました.

吐き気もなくなったし.

で,結局,ノロウィルスかなんかだったんだろうか.

2011/01/15

ストレスなのか?と女子大にいる7人の小人

えと,今,通っているスポーツクラブは,札幌のすすきののど真ん中にもあって,ちょっと使えるので行ってみたんですけど,日頃行っているところと違って,駐車場も狭くて少ないし,施設もちょっと狭い感じだし,設備もあまりきれいじゃなかった.温泉もなかったし.

まぁ,こういうのは都心の真ん中なので仕方ないですよね.場所だけでもメリットがあるわけだし,ちょっと人が少ない場所にある所は,質で勝負しないと仕方がないわけですから.

前に通っていたところは,ランニングトラックがあるのが気に入っていたのですが(そういえば,働いていた人たちは今頃どうしているんでしょうか),今はそういうものもなくて,ベルトコンベヤーというか,ランニングマシンの上で,ハツカネズミのように走っています.

それで,テレビなんかがついているので,どこのチャンネルを見るとかいうでもなく,なんとなくテレビを見る機会が増えています.

今日はAKB48が出ていて(最近,ようやく2,3人の顔が分かるようになってきた.名前は知らないけれど),なんかみなさん,椅子に座っていたんですけど.

見ていると,なんか,こう,ちょっと.

疲れるんです...

なんでやろ?

たくさんの若くてかわいい女の子がパーッと座っている光景は,華やかで目の保養になるのかもしれません.恐らく,世の中の大半の男性はそう思うでしょう.

しかしだね.

よく考えれば,そのシチュエーションって,職場やん!

というのが,私たちにはあるわけです.

...

職場なんて雰囲気のいいところがいいに決まってるやんというのは,大いに納得するところなんですけど,それでもなんか,仕事にしてしまうとダメみたいですね.

無意識に,ちょっとストレスを感じていたのかもしれない.

世の中,いいことばっかりじゃなくて,ですね.

今のところ,少なくとも私の耳には学生さんからの批判めいた言葉が入ってきたことはないです(ないわけないと思うけど).

批評するということに関しては,実に辛辣な彼女さんたちに,メタメタに言われている可能性も否定できないわけですよね.

これが男だとか,ちょっと年季の入った女性なんかだといいんですけど,なんか若くてかわいい娘たちが,キッツイ言葉を口にするのを耳にすると,けっこう怖いものがある.(あ,なんか今,「二重ヲ格表現」を使っているのに,この表現が悪くないということに気づいた.他にもイディオム表現だと,けっこうOKになる表現あるな.イディオムだと,reconstructされて二重ヲ格の名詞句が一つの単位でspell-outしている可能性はあるな.って,言語学者にしか分からない話.)

私が授業を持っていない人たちでも,教室で,なんかいっつもニコニコかわいらしい笑顔を浮かべていて,それで,「ちょっと喋ろっか」とか「代講しよっか」とか言ったら,キャーキャー喜んでくれる人たちに,裏で

「つか,いちいちあいつの言うことに反応するのめんどいし」

「うざいよねー」

とか言われていたら,なんて思うと,なんか変なちょっかいかけて申し訳なかったとか思ったりすることがあるわけです.

もしかすると,自分は悲観的な奴なのかもしれませんが,まぁ,そんなことを考えないことがないでもない.

考え過ぎか...

ところで.

昭和女子大って,キャンパス内に7人の小人をバラバラに置くとかいう企画をやっているみたいですね.

このリンクの2009年4月4日の記事

小人さん7人に会えると,その日はいいことがあるとか,ないとか.

いいですね.なんか楽しそうです.

ちょっと,うちでもやってみようかな?

2011/01/14

やめれ

職場での話なんですけど,私の聞き間違いでなければ,なんか

「○○○(注:私のファーストネームが入る)さま」

とか言われているのを耳にする...( ̄▽ ̄;)

やめれ.(それだったら普通に呼び捨てにしてくれ)

いや,自意識過剰なのかもしれない.私の名前なんてごくごくありふれた名前なので,もしかすると,バイト先の憧れの先輩か,ネタキャラの同僚の噂でもしていたのかもしれない.

あと最近,北海道,雪降りすぎです.公共交通機関はちゃんと機能できていないし,道路は混み混みで,全然進まない.昨日なんか,1限目の授業があったのだけれど,最初からいる人たち5名って何のこと?って話でした.1時間くらい経ってからようやく,だいぶ揃ったのだけれど.

それと,雪が降りすぎると,道はこんなんになるし.

本来なら二車線あるところなんですけど,一方通行状態なので,路上はサバイバルです.片側二車線以上あるところだと,まだちゃんと走れているのだけれど.

これで吹雪くと,視界もままならなくなります.道路状況が酷すぎて,逆にサバイバルレースをやっている気分になってけっこう楽しい気にはなるんですけど,でも時間かかるし,家に帰るとどっと疲れる.

しかも,路駐は多いし.

やめれ.

信号無視は多いし.

やめれ.

交差点を詰まらせて,スタックする車も多いし.交差する道路の渋滞起こすだけなんだから,

やめれ.

さらに野外の大型駐車場のあるところだと,逆走車がたくさんいてまたまた迷惑します.

やめれ.

事故も多いし,パトカーと救急車の出番も多いし.

やめれ.

極めつけは,明日からセンター試験ですけれど.

センター試験,交通情報に注意を 週末は全道で荒天模様

頼む,やめてくれ(担当当たっとるねん).


シアトルのホストファミリーから手紙が届きました.タイトルが「ドクター」になっていますね.

2011/01/13

授業見学

えと,欧米では珍しくない光景なんですけど,今日はちょっと教育学の同僚さんの授業を見学させてもらいました.

他分野の人の授業ってのは,新たに知る機会も多いですし,楽しかったです.英語科の教員の育成なんかがあれば,またぜひとも見たいのですけれど(英語科教育法とか,わりと興味あるんだけどな).

私は記憶が確かならば,中学と高校の英語の専修免許を持っているはずなのですが,なんか知らないことも多かったです.さすがに77年以降の教育課程は分かっていましたけど(現行のやつなんかは,なんせ一昨年現場にいたもので).

授業なんですけれど,社会情勢や経済情勢なんかも絡めて,いろいろと分かりやすくまとめてあった印象でした.私は,教職の授業は,今では有名人になった小野田先生の授業以外は全部さぼっていたと言っても過言ではないので(本当に),なんかこういうしっかりした授業が提供されているうちの学生さんたちがちょっと羨ましくもあり(まぁ,ちゃんとした授業がないと大学に来ている意味がなくなっちゃいますよね).

私は,主となる勤務校ではピーチクパーチク英語を教えているだけなんですけれど,やっぱり基礎とは言えど,専門科目を教えられる方が楽しそうですよね.まぁ,私も言語学概論とか,専門の授業とか持って欲しいとか言われているんですけど,政治的な理由で持てていないとか,モゴモゴ.

まぁ,とにかくいろいろと刺激になりました.こうやってたまには他の先生の授業を覗くのも,お互いのためにいいと思うんですけれど.

よく考えれば,教育学って,私の認識が正しければ,基本的には実学ですよね.

教育学史みたいなことをやって,教育制度の変遷に関して評価するような学者ももちろん必要だけれど,やっぱり,より「有効な」教育制度の確立に貢献できるような学者が出てくれば望ましいなと考えている一般人は多いと思われる.

でも,教育における「成功」というのが,何を持って評価されるのかというのがそもそも難しい.

突出したエリートをなるべく養成するのが望ましい教育制度だと考える向きもあるだろうし,程ほどの人材をなるべくたくさん排出するのが望ましい教育制度だと考える向きももちろんあろうだろうし.

そもそもが,その国その国の社会制度というものがまずあって,その社会的利益にかなう人材をなるべく輩出できるのがいい教育だという原則もあるのかもしれない.

例えば,第一次産業(もちろん,クラークの定義で)が主要な産業であった場合には,その産業に見合う,第二次産業に重点がシフトされれば,それに見合うような,第三次(以下略).

といった形で人材を「柔軟に」養成することができれば,資本家や企業といった視線から考えれば,より望ましい人材を輩出できる優れた教育制度と言えるのかもしれない.

しかし.

そもそもが,こういった資本家や企業といった側からの養成というのは,しばしば自己本位的だし,時代時代の流れに左右されやすいし,決して人材を一人の人間として考えているわけではなくて,あくまで,将棋の駒の一つとして考えているわけですよね.

まぁ,それ自体は悪くないと思う.軍隊と同じで,企業など組織で動く団体は,指揮者の命に従う兵隊が大勢必要という事情があるわけだし,命令に逐一反対意見を述べられていては,できる仕事もできなくなってしまう.

端的に言えば,本当に資本家や企業といった側の養成に従った教育制度を確立するのであれば,一部の少数のエリート(世間で言われている求める人材なるものは,基本的にこのクラスに所属するのであって,後者ではないということには十分に注意したい)と,大半の兵隊ないしは奴隷が欲しいというだけのことであって,確立した一個の人格なるものは,後者に所属する人材においては,百害あって一利なしということになる.

これは困る.

教育というのは,そもそも既得権益を得ている大人達にとって,自分たちの秩序を保つことが,自分たちの利益を最大限確保することであり,かつそういった,社会にとって生来の状態なら無法者である子供達を矯正することが,自分たちだけではなく,ひいては子供達の利益にもなるという共同幻想に基づいて形成されているわけであるから,昨今の人格重視の教育は,企業側の論理で言えば,「ありがたくない」話ということにもなるわけである.

一方で.

エリートになれる才能を持つ人間というのも,本来,限られた数の人間であるはずである.

自分のキャパシティを遙かに超える要求に対して,多くの人間は耐えることはできない.

昨今の日本のように「普通であること」が寛容されない教育というのも,人類の大半を占める凡人にとっては,ストレスの源でしかないのかもしれない.

一方で,もし大半の普通の人間用に教育が設定されてしまって,エリートがその芽を伸ばす機会を摘まれてしまうのも,本人にとっても,社会にとっても不幸なことである.

誠に難しい.

普通であることが許容され,人間の理性が最大限尊重され,エリートが突出することが許されるような教育制度が確立できればいいのだけれど,これは定義からして矛盾を内包している感じがする.

まぁ,人間自体矛盾のかたまりなんだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれませんが.

さらに話を元に戻して.

学校という機関は,企業の論理から,学生を保護し,彼らの自由を守るという義務もあるのではないかと思う.

「企業の要請で」できた大学の学部なんかを見ると,大学におけるアカデミズムの価値もあながち捨てたものではないなと思うことがある.

例えば,流通科学大学なんかは,ダイエーの没落と一緒に偏差値も没落したし,慶應のSFCなんかも,私が受験生の頃はたいした偏差値だったのに,今は慶應のお荷物だし,企業の論理や流行に従って,「国際」とかいう名前をつけた大学ないしは学部は,今となっては地雷の目印になっていたりするし.

なんだかんだで,昔ながらの学術を保持しているところが生き残っているわけであるから,世の中そんなもんなんだろうという気がする.

まぁ,難しい問題ですよね.でも,なんだかんだで一定のレベルの高等教育制度が確立できて,かつそれを改善しようという体力があるうちは,その国家は健全で,現状がダメだとかいう話ができるのは恵まれたことなのかなとも思う.

後は,日本の教育制度において,なぜ「正解」なるものがかように過剰なまでに重視されるのかということも後日付記したいのだけれど.

2011/01/11

孤児という話から(聖闘士星矢)

えと,最近,タイガーマスク運動なるものが流行っているみたいですね.

ま,やらない善よりやる偽善,これで笑顔になれる子供達がたくさんいるのならいいんじゃないでしょうか.

ところで.

タイガーマスクこと伊達直人も孤児院の出身で,孤児たちのためにいろいろと奮闘したという設定になっていたわけですが.

私が幼少の頃は,夕方の18時半からテレビ大阪で再放送があったので,一応,タイガーマスクもどんな話だったのかは知っていますけれど,我々の世代で孤児のヒーローと言えば,

聖闘士星矢



ということになります.

えと,今,振り返ってみれば,キャラクターがかっこいいのはいいのだけれど,設定がいろいろ「変なの」ってことは多いですよね.青銅聖闘士が中学生という年齢だとか(氷河の一輝に対する「お前は俺の心を無残に踏みにじり,俺の心に怒りをはりめぐらせた.もはやお前を葬るに何のためらいもない」とか,語彙もたいしたもんです).

ストーリーはまぁ,それなりだったと思いますけど,主要なシーンを占める戦いの場面ってのはワンパターンでしたよね.

星矢は,まず相手に対してペガサス流星拳を繰り出して,それで通用しなくて,何度も何度も攻撃されて,でも,それでも何度も立ち上がってペガサス流星拳を放っていくうちに,小宇宙が増大して,そのうち有効打が増えていって,なんとか勝つ,というのが基本だし.(暗黒ペガサス戦だけはすんなりと勝ちましたが)

紫龍は,なぜか聖闘士最下層のクラスの青銅聖闘士なのにもかかわらず,聖衣では最強の硬度を誇るとかいう拳と盾を持つドラゴンの聖闘士なのに,いっつも上半身裸になって,素手で廬山昇竜波を放って勝つ(それで,星矢以上に活躍する).

氷河だけはちょっとワンパターンとは言えなくて,苦戦したり,負けたり,まぁ,いろいろありますけど,だいたいダイヤモンドダストが通用しなくて,そのうち佳境に入ってからオーロラサンダーアタック(原作ではホールドニースメルチ)を打って勝つ,と.

瞬は,相手を傷つけたくないetcと言ってぐだぐだやられるのだけれど,なんだかんだでチェイン以外の武器で勝つか,死にかけになったところで,一輝に助けられる,と.

一輝はいつもはぐれ者で,瞬のピンチに出てきて,いっつもいっつも相手集団のジョーカーと対戦させられて,まぁ,なんとか勝ちますよね.

まぁ,小学生の頃はこれはこれで楽しかったのですけれど.

でも,それにしても,城戸光政という人はいただけない.

聖闘士になる星矢たち,孤児を世話するグラード財団の総帥なんですけれど,世界各国で100人以上の子供を作ってくるわ,しかも母親ごと見捨てて全員孤児にしてしまうわ,の人でなし.

種付けだけして,後は知らんといって放り出してくるような爺なのです.しかも,養育費を払えるだけのお金は稼いでいるはずなのに,知らんぷり.氷河は7歳の時に,事故で生き別れになってしまった母,ナターシャにずっと思いをはせていて,死んでからも深海にある遺体に花を添えに行っていましたが(そのせいで,よく「マザコン」と呼ばれていたけど),7歳の時に一人身の母と生き別れた14歳の少年なんだから,別に悪くないじゃないかと私は思う.

大人になってからの感想ですが,やりたいことだけやって,女と子供を捨てまくった城戸光政って,ほんとろくでなしだと思う.フェミニズム団体は,架空の人物だが,この男を糾弾してもいいのではあるまいか.

だって,女はやるだけやって捨てるわ,あげく,子供は孤児にして,地獄のような場所にどんどん放り込むわって,親の愛情の「あ」の字もないやんと思うのだけれど.(獅子は子供を谷底に落とすとは言いますけれど)

そりゃ,一輝が怒るのも無理ないでしょ.最愛の弟を不幸にして,さらに母親を捨てた男に復讐心の一つや二つ抱いても問題はないと思うのだけれど.

こういうことは,ちょっと小学校の低学年には分かりませんでしたけど,まぁ,いろいろ分かることも出てきますね.(大人になって,ようやくどういう話か分かったのは,あと機動戦士Zガンダムがある.あれは本当に難解な話だ)

星矢は孤児院では,後輩の子供たちに人気だったけれど,中学生にランドセルを送れというのはちょっと難しいな.

やっぱり,伊達直人さんに頼むか.

2011/01/10

学位いりまへんか〜?

えと,今日,久々に「学位売ります」というダイレクトメールが届きました.(英語でBecause you deserve it!の後,ほんにゃらこんにゃらと書かれてある)

まぁ,業界関係者でもなければ,よく分からないことかもしれませんし,話題になったのは数年前なので,ちょっと説明しておきます.(民主党の古賀潤一郎がペパーダイン大学卒を偽ってクビになった話って覚えている人,多いんだろうか?)

基本,大学の先生になるのに資格は要りません.

本当に何も要らない.

大学が「この人材は必要だ」と判断すれば,それでオーケー.万事うまくいくのです.

ただ,最近は,文科省による大学認定評価というのを定期的に始めるようになって,大学の常任スタッフ(教授,准教授,講師,助教という序列が基本です.特任教授とか,階級の前になんか書いてあるのは,教授会に参加することのない暫定的なスタッフという理解でいいかと思います)の学歴や業績なんかを審査するようになりました.

学歴は,もちろん博士号持ちが一番ポイントが高くて,次に修士,それで学士ということになっています.名誉教授でもなければ,実質,高卒の先生っていないのではないかと.たぶん.

業績は,もちろん,論文を書いたり,学会発表をしたりするとポイントが高いです.

ある程度のポイントが稼げれば,その大学は正規の大学として認証され,補助金がいただけるということになります.

というわけで,大学の経営陣の立場からすれば,博士持ちの業績の多い人は存在するだけでありがたいし,その逆は,その...(以下,自粛)

そういうのがあって,学内の昇進の基準だとか,給料を定めるのに学位の有無ってのが関係してくることがあります.(業界のめんどくさい風習なんですけど,日本の文系の研究者は修士だけという人が多いです.理由はいろいろあります)

学位は,もちろん海外のものでもいいので,ハーバードやオックスフォード,ケンブリッジなんかの学位を取ってくるような人たちもいます.

イギリスの大学の大半は国立なのでいいのですが,めんどくさいのはアメリカの大学.

アメリカの大学には,厳密な意味での設置基準はありません(あると言えばあるけど).

極論すれば,

「わてら,これから大学やりますねん」

という発言で別にオーケー.

そんなこんなで,大学経営に参入してくるだけなら割と簡単なんですけど,そんなことをされて,トンデモな集団が入ってきたりすると,既存の優秀な研究機関は自分たちの存在基盤を脅かされるので,お互いにスクラムを組んだり,また,外部機関の評価なんかが非常に重要になってくるわけです.

外部評価が高いと,寄付金が得られたり,研究費を獲得できたり,といろいろメリットが出てくるわけです.

でも,これらはあくまでもアメリカ国内でのお話.

日本や韓国や中国など,海外に行ってしまえば,自称「大学」機関が何をやっているのかは基本的に関係がありません.

学位なんて実質,実態も何もないものですから,学位に高い値段をつけて売りつけると商品になると考える人たちが出てきたわけです.(一応,アメリカ国内でも売っているみたいだけど)

こういう,学位を商品として売り出すことを「ディプロマミル」ないしは「ディグリーミル」,略してDMということがあります.

例えば,日本の一般の人たちは,ハーバード,イェール,プリンストンなんかの御三家くらいなら聞いたことはあるかもしれませんが,ノースウェスタン,ミシガン,デューク,ダートマス,ブラウン辺りだと???という状態になるのが普通なのではないでしょうか.(全部,名門と言われる大学です)

そういうわけで,横文字の大学名に「Ph.D.」と書いておけば,「おぉ」と言われることも結構あるのです(舶来品ってやつだね).

それで,パシフィックウェスタン「大学」やイオンド「大学」など,自称「大学」機関が学位を売り出したりして,それの「取得」者がけっこういるということが一時期,日本でも問題視されるようになりました.

しかも,現役の大学の先生たちの中にもその取得者たちがいたということが話題になりました.

学位を認可する立場の人間が,学位を金で買っていて,しかも偽の業績で地位と金を得ていたわけですから,これは立派な詐欺罪だと思うのですが,日本では結局処分されることはなかったようです.(韓国ではあった)

一時期,文科省も「厳しい」姿勢で実態調査に乗り出すとか何とか言っていましたけど,大学認定(特に大学院の方の認定.こっちは大学認定より厳しめ)の際に素通りしてしまったので自分たちの責任が問われるとか,雇用の確保されている人材に懲罰を与えると,逆に訴えられるとか,めんどくさいという思いの方が勝ったみたいで,見て見ぬふりを決めたようです(学歴詐称者の発表はしましたけど).

まぁ,正当なことをするよりも波風を立たせないことを美徳とする日本人的見地からすると,妥当なことなんでしょう.

ネットを見ると,その手の偽学位取得者の名前があぶり出されますけど,下手に書くと,静岡県立大学のK島さんみたいに,いきなり弁護士からラブレターをもらうとかいう事態になるみたいなので,参考ウェブサイトを載せるとこんな感じです.

学歴詐称

有名どころの大学だと,愛知教育大学,愛知産業大学,青山学院大学,秋田大学,茨城キリスト教大学,愛媛大学,大分大学,大阪市立大学,大阪工業大学,沖縄キリスト教大学,小樽商科大学,金沢大学,岐阜聖徳学園大学,九州産業大学,神戸学院大学,熊本大学,聖心女子大学,千葉商科大学,中央学院大学,東海大学,東京理科大学,奈良産業大学,日本工業大学,日本獣医生命科学大学,日本薬科大学,弘前学院大学,広島大学,広島国際大学,北翔大学,龍谷大学,山口大学,早稲田大学などの教員がディプロマミルを利用していたようです.

多いな.(ある意味,勉強になった.うちはなかった.よかった)

この手の詐欺師が辞めてくれれば,世の中で職にあぶれている若くて優秀な人材に雇用を創出することも可能なんですけど.

まぁ,自分が評価される立場なのだということだけは,肝に銘じておきたいもんですが.

こういう人たち,publish or perishって言葉,聞いたことないんだろうな.

2011/01/08

金の使い方下手なんか?

なんか,最近,ブログの更新頻度が上がってますな.

さて.

えーっと,札幌近辺ではこの3日程,ずっと凄い降雪で,パウダースノーが山積みになってしまいました.

というわけで,

「ゲレンデ,いい状態なんじゃ?」

と思い,ちょっとスノーボードの相場を調査がてら,スポーツショップに足を運んでみました.

まぁ,大安売りとかやっているのだけれど,ボードとシューズとバインダーを買うと,だいたい5万円から10万円はしますね.私はウェア関係は持っているので,別にいいのですけれど.

札幌市内からスキー場は1時間足らずでいろいろとあるのだけれど,なんだかんだでリフト券なんかを購入していると,スキーないしはスノボーを一回やると5000円から1万円ちょいはかかる計算になる.

なんか高いな( ̄▽ ̄;)

でも,道民さんの多くがスキー経験者で,しかも,今日はスノボー売り場でスウェットに金髪の小さい子連れのヤンキーカップルが,

「全部で10万ちょいだな」

とかいう会話をしていたので,恐らくボードを買って,今シーズンはあちこちに行くんでしょう.

それにジュニアのゾーンでは子連れ親子さんたちが,ジュニア用のスキーセット(まぁ,これは安くて安心しましたけど)なんかの購入の相談をしていたりしていました.

こういう人たちを見て,この人達の経済状況はどうなっているんだ?

という疑問がふと頭に浮かんできました.

北海道の所得水準は全国で32番目と,けっこう低い水準にあります.

それで,厚生労働省の調査によれば,平成20年の20代後半の男性の平均年収が242.8万円,30代前半で286.5万円という数字が出ています.

常識的に考えれば,大学生辺りと,あとスキーやスノボーに熱中しそうな年代の人たちの年収はこの辺りで,そんでもって北海道なのでこの手の全国平均よりも低めという数字が出ているはず(そーいや,20代後半から30代前半の職に就いている東京の独身男性で年収600万越えは3.5%という数字もありますね).

どうやってお金工面しているんだろう?(ウィンタースポーツはちょっと金かかりすぎ)

私の年収は,一応,国家公務員に準じているので,それなりなんですけれど,去年で貯金は幾ばくもしてません(まぁ,車のローンがあったという話もあるのですけれど).

しかも,私は高い買い物なんて全然しないし,そんなに飲みにも行ってないし,だいたい自炊でも高い物は変えないという性分があまり変わらないし,という状態で,車があるという状態を除けば,年収200万円程度で生きていると言っても過言ではない.

でも,なんか,経済的にゆとりがあるという気にならんのはいったいどういうことなんだろう?(どっかで見えない無駄遣いをしているのだろうか)

実は自分では倹約家のつもりでも,やりくりが下手なのかもしれない.

まぁ,そんなこんなで,なんかしょうもないというか,ちょっと思い切れない自分がいたので,今年は多分ボード関連は買わないでおこうかと.今年は車検もあるし.それに,30代の定職持ちがあまり貯金がないというのもいただけない.

教科書を選ぶ

えっと,1月や2月にドタバタで新任の先生が決まることもありますけど,だいたいどこの大学も新年度の始まる年の1月にはシラバスってのを書いて,教科書を選定することになります.

イギリスやアメリカのように組織的で横断的なカリキュラムだといいのですが,なんだかんだで日本の大学は個々のインストラクターに授業編成を託されているので,自分のやりたいことができる反面,他教科と相互関係が築けないのはデメリットですね.

この辺りの編成なのですが,北海道大学なんかだと,外国語科目はどのセメスターのどの科目で大まかに何をやって欲しいかといったようなことが定められてあるので,けっこう感心する.

定められた制約の下で仕事をするのは面倒くさい反面,他のインストラクターとコンセンサスができるので,特別変わったことをする先生がいない限り,ある程度統一的なカリキュラムを構築することが可能になる.

これは来年か再来年辺りに,うちの大学でも導入していきたいのですが.

去年ははっきり言って,教科書からやる内容から何も分からないし,しかもシラバスを書く時間的余裕もなかったのだけれど,今年は自分の勤務校の授業もきちんとやらないといけない.

大学の講義といえば,学生との真剣勝負で,学生もインストラクターも徹底的に授業準備をして,できない人間は基本的に放置という方針で,まぁ別にいいと思うのですが,それはあくまで専門科目の話.

一般教養や語学というのは,あくまで大学で物を考える基礎体力を養成するもの,スポーツで言えば走り込みやウェイトみたいなものなので,考え方を変えないといけない.

難しい.

まず,北海道という地域特性のせいかもしれませんが,学生間の格差が非常に大きい.

うちでいえば,首都圏や関西圏の名門女子大から,ちょっと残念な女子大までをまとめて一つにしたような雰囲気があると言えば,想像はつくでしょうか.

それと,受験産業も発達していないし,特別「進学校」と呼べる程の高校もないので(個人的に,札幌南高校みたいなところは好きですけど),幸か不幸か開発されていない学生さんは多いと思います.

そういった人たちに,「考える」機会を提供する役割が自分にはあるんじゃないかと勝手に思っています.(たぶん,大学としてもそういう役割を期待していると思うけど)

正直,こういうのは「雪かき仕事」みたいなもので,やりたくはないけど,でも誰かがやんないと仕方がない雑用なんだろうなと思う.

英語を自分で勉強してみようかなと思う学生を数人作り出して,「先生」という存在は絶対的でも何でもなくて,入試問題でもなければ「正解」なんてものは世の中にはなくて,ものごとの側面を多角的に見て,いろいろな考え方を相対化させる知性の基本を養うこと.

という視点を持っていろいろ考えてみると,とりあえず今,流行のTOEIC関連の授業はやっぱヤメだな(苦笑).やりやすかったんですけど.

それと,日本の大学教科書出版の多くを見てみると,内容も中身も薄っぺらいのが多いし.

基本的,簡単,でもちゃんとvisionを持って教科書を作っているという会社って少ない.

でも,数点,いいのを見つけました(洋書なんですけど,でも,中身は難しくないはず).あとはこれにプラスアルファしてオリジナル教材でカバーすればいいかな,と.

最後は個人的に力を入れたい,某プロテスタント系のライバル大学の専門科目.

うちはカトリック校で,英文科は北海道ではちったぁ知られた名門学科だったんですけど,15年前くらいにここに抜かれて,今は後塵を拝しています(苦笑).

宗教的にも大学間競争的にも,あんまり力添えするのは経営的にはよくないかもしれませんが,何せ学科の専門科目,3-4年の言語学系の看板科目をやらせてもらえるので,全力で,自分の所属組織をぶっ潰す気持ちでやらせてもらいます.やっぱり,自分のセールスポイントにしたい部分を評価してもらえたのはありがたい話だと思いますし,その恩義には報いたい.

ばりばりのsyntaxをやっていいという話だったので,もうすぐ出るカーニーの本でも使おうかなと思ったんですが,なんか発売が延期でいつ手に入るか分からないとかいう状態みたいなので,教科書なしのreading packet(専門論文の抜粋集)でやっていこうと思っています.

テンション上がるわ(バイオも混ぜたんねん).

2011/01/06

つぶやき

某mailing listから,ノルウェーの北極圏にある大学のvisiting researcherの話があるのを知る(Kさん,Nくん,お元気ですか?).

1ヶ月から10ヶ月の滞在で,1月13,000クローネ(だいたい18万円),ただし最初の月は26,000クローネの金がもらえるらしい.

いいな.

夏に1.5ヶ月,春休みに1.5ヶ月の合計3か月の滞在でまからんか?って,まからんよねー.そうよねー.普通,ポスドクみたいにフルで1年来られる人を取りますよねー.授業もちょっとは持って欲しいですよねー.

って,今更海外に行くのなんかめんどくさいと思っていた自分に,まだ海外志向が残っていたことに気づく(サバティカルは行きたい.めちゃ行きたい.うちのサバティカルなんて遊びに行っている人がほとんどなのに).

あ,仕事に戻ります.(意外と早く終わりそうだ.でも,私が集中力が続かないのって珍しい)

防備録

えと,ランニングして,筋トレして,泳いできて,温泉に浸かってきました.

疲れた...

それで,今日は禁酒デイにするつもりだったのですが,食後に酒を作っている俺...( ̄▽ ̄;)

ジン,ベルモット,たくさんのレモン果汁をシェイクしたんだけど,まぁ,マティーニみたいなもんなんだろうか.

って,そうだそうだ.言語学関連でやりたいことが3種類ほどあったんだけど,泣く泣くペンディングして,しょーもないし,めんどうくさいけど,自分の分野外のdiscussion notesを書くって決めたんだ.

はいはい,いいです,いいです.この程度の雑用で,うちのお嬢ちゃんたちが喜んでくれるんならやりますわ.アドバイスをくれると言ってくれた同僚さんもいるし,うまくいけば金取ってこれるんだから,やってみないと.

本来ならうちのスタッフの誰かが,cross-culturalな保育制度を比較・検討して,リサーチを出してくれたらありがたいというか,普通の研究機関ならその程度のことができるスタッフが数人いて当たり前だと思うのですけど.

2週間後に,誰かがそういうのを出してきてくれたら,私はうちの学科を見直すんですけど.

って,明日か明後日に嫌気がさして投げ出さないように,ここで公言しておきます.というわけで,今からやる!

何を言っているか分からないという人たちには,すみません.一応,2ヶ月後くらいに何がしたかったのかは分かるかと. 

雪が凄い

えと,今までも雪は一応降ることは降っていて,積もることは積もっていたのだけれど,全然たいしたことがなくて,快適なもんだと思っていました.

でも.


今日,窓から見る景色はこんなんです.一面真っ白です.窓開けられません.

ちょっと出さないといけない郵便物があったのだけれど,近場の郵便局に行っただけで全身真っ白.でも,近所の北大さんはなんか今日から普通に営業開始してますな.凄い国です,やっぱりここは.

一応,家で仕事はできるのだけれど,ずっと同じ場所にいるのも苦手だし,ある程度身体を動かさないと寝られないし,どうしたもんだろう.

ジムに行くか,歩いてちょっと買い物に出かけるか.

あ,でも雪道の運転ってあんまり難しくないんですよね.ややこしいのは,地面が凍ってアイスバーンができた時.でも,外出るの難儀だな.

2011/01/04

血液型占いが嫌い

えと,この世に嫌いなものはいくつかありますけれど,そのうちの一つに血液型占いなるものがあります.

めっちゃ苦手だ.

ちなみに,日本人女性の発言で欧米で一番嫌われるものの代表格に,血液型を尋ねるというのがありますね.(これはけっこう切実.場合によっては差別主義者扱いされるので,気をつけないといけない)

欧米の女の子と喋っていると,よく

「日本人の女の子に血液型聞かれるんだけど,めっちゃ不愉快」

「なんで血液型で性格が分かるの?バカみたい」

なんていう発言を耳にすることがあったのだけれど,こういう時,私ははたと膝を打って

「そうそう.なんか日本の女性の間で人気あるんですよ.意味分かんない」

と言って,首を傾げていたものでした.(凄い共感を覚えていました)

そもそも,人間を4つに分類して,それで性格だの相性だの運勢だのといろいろ占われて何が楽しいのか?と不思議に思う.

お前らは,しょっちゅう輸血でもしなきゃいけない境遇にでもあるのか,と.

そもそも4分割して,人間なら誰でもあるようなありきたりな性格描写を書いておけば,当たる部分もいくつかあるんだろうし,それで納得がいくというか,楽しんでいるのならまぁ,それはそれでいいです.

でも,人に押しつけるのと,決めつけと,なんか妙な確信を持って発言する人たちを見ていると

「あほちゃうか」

と思ってしまう.

血液型とそれが性格につながる因果関係なんて全然ないし.

こんなものの存在は科学者への挑戦以外の何者でもなく,江原啓之,細木数子,宜保愛子といったものと同列のオカルトだと信じて疑わないのだけれど,えと,うちの大学の同僚さんたちの一部(みな女性)はお好きそうで,学生さんたちと血液型論議をひたすら繰り広げていらっしゃる場面が多々あります.

しょうもな.

まぁ,百歩譲って(「一歩譲って」が死語になりつつありますね)自分たちで盛り上がるのはいいですけれど,私を巻き込むなちゅーの.

まぁ,「血液型占いなんて嫌いだ」と言って冷たい態度を取れれば楽なのだけれど,そうもいかないので,基本,血の話になれば,私は無口になることに決めています.

だって,いくらなんでもあんまりだ.

ちょっと,楽しかった思い出ついでに,血の話を思い出したもので.

2011/01/03

個人情報保護という嘘

えと,新しいスポーツジムに行ってきました.

設備も新しくて,まぁ,基本的にはいいのだけれど,やっぱりランニングトラックのあるスポーツクラブなんてほとんどありませんね.少々設備はぼろくとも,トラックのある前の方が愛着があるのですが,そのうち慣れてくるかな.

北海道は,何せ外を走れる機会が限られてくるので,今後は大学の体育館でも使って走り込もうとか考えている今日この頃.ボールもいろいろ使えるので,それはそれで楽しそうなのだけれど.

それにしても,入会手続きの説明を聞くのがめんどくさくて,途中から投げやりになってしまって,受付の人,すみません.(こんなサイト,知らないと思いますけど)

だって,

「入れ墨の入った方,云々」だとか

「あなたにあったトレーニングメニュー,云々」だとか

「岩盤浴やら日焼けサロン,その他関連施設の説明,云々」だとか

興味なさすぎです.最初の方は割と愛想良く話を聞いてましたけど,さすがにめんどくさくなる.

適当にパンフだけでも入れてくれたらよろしい.

ところで,

「個人情報保護法に基づき,お客様の顧客情報は責任を持って管理いたします」

なんていう説明も受けたのだけれど,本当に「責任」を持って管理する気なんてあるのだろうか.

Yahooが顧客情報を流した時は,流出させてしまった顧客さんたちにお詫びとして500円の商品券を贈ってすましたとか,最近でも三菱UFJ証券が顧客情報を売却したり,NHKが顧客情報を流出させたりしたけれど,基本,罰則みたいなのはないですよね.

一応,6ヶ月以下の懲役ないしは30万円以下の罰金とかいう規定がありますが,この罰則は言うなれば,他人を指さして「バカ」と言うというレベルの犯罪と同程度のものなので,実質,限りなく無効に近いですよね.

あほらしい.

なんか

「できるだけ保護するように勉めますが,流出させちゃったらごめんなさい」

と言われた方がいさぎがよくて,なんかすっきりとする.責任取る気なんてどうせないくせに,軽々しく「責任を取る」なんて言葉を発することの方に腹が立ってしまう.

まぁ,昔から本音と建て前が嫌いな性質でしたけど,その性格は今も変わらないらしい.でも,言っていることとやっていることが違っているということが,なんか昔から嫌いなんですよ.嫌いなものは仕方がない.

ところで,この種の個人情報なんですけど,昔からアンダーグラウンドに名簿を売買する業者ってのが存在しているんですよね.学校の卒業アルバムやら同窓会名簿,それに会社の顧客情報に戸籍だとか.妥当な推測だと思いますけど,この手の情報を裏でやりとりしている企業や官公庁は今でも少なくないでしょうね.何せ,罰則もたいしたことないですし.(それに,Googleあたりが本気を出せば,巨額の軍事機密費をどこかから引き出すことも可能でしょう)

最初にこの手の業者の存在を知ったのは,受験業界でバイトをするようになった大学生の頃でした.なぜピンポイントのタイミングで,受験学年のお子さんのいる家庭に予備校や塾のパンフレットをうまく送付できるのかという疑問にあっけなく答えてくれたということで,ちょっと膝を打つような気分になったことがある.

まぁ,その他いろいろな経験があって,世間やマスコミやらお偉いさんが言うことよりも,「こう考えれば辻褄が合う」という,論理・理性を重視する生き方が性に合って,今はそれを生業にしているわけだけれど.

まぁ,気質の商売でそういうことをする人間ばっかりだと,めんどくさいかもしれませんね.研究者なんてアカデミズムの隅っこに隔離しておくのが,社会政策としては得策なのかもしれない.

2011/01/02

あけました

えと,まだ正月2日目なんですね.ぼちぼち休み飽きちゃった感じなんですけれど.

正月早々なんですけど,36号線でちょっと派手な交通事故があったのを見てきました.2台の車が大破して,1台の運転席がボロボロ.パトカー,消防車,救急車が総動員で,事故渋滞が起こっていたのですが.

まぁ,普段はいい人が多いんですけど,道民の車の運転は概して,荒っぽくてめちゃくちゃですからね.去年は交通事故死が東京と並んでワースト1位,率だともちろん東京の比じゃないのでダントツの1位とかいう不名誉な記録なんですけど,それはなんか実感します.

車を運転していると,引きずり出してしばいてやろうかと思うことは多々あるのだけれど,道民のバカ運転のペースに合わせないように気をつけないといけない.

そんでもって,ちょっと正月近辺は無理に休もうと思って,ラストフレンズというのを借りて全部観てみました.

まぁ,ドラマの題名からして全然知らなかったのだけれど,12月にうちのお嬢ちゃんたちから薦められたので,観ておこうとかいう,なんか妙ちくりんな動機だったのです.

「先生,絶対に観てくださいね」

とか何とか,なんか目を輝かせて,楽しそうな顔をしている人たちが数人いると,やっぱり心が動かされるものがあるというか.

子供って,あれですよね.親だとか,周囲の大人が価値観を共有してくれると,ちょっと嬉しくなったりしますよね.まぁ,そういう対象に自分がなっているんだろうと.

そのドラマなんですけど,年食っちゃったせいか,全然感情移入して観るとかそういう気分にもなれなくて,なんかかなり冷めた目線ではあったのだけれど,それなりにおもしろく観られました.

なんか,こう,イマドキの若い人たちはこういうことに悩んで,こういうことを考えて,こういうのに影響されて生きているんだなぁとか何とか考えながら.

こういう気分になっているということは,自分もちゃんとおっさんになっている証左なのかもしれない.

そんなもんなんだろう.

ところで,錦戸亮くんはえらい貧乏くじというか,汚れ役をやらされていたんですね.例のお嬢ちゃんの1人が,

「DV野郎で,最低なんですよ.うちの家族(注:女3姉妹)で,錦戸亮がテレビに出ただけで,みんなで舌打ちするようになりました.絶対,実生活でもDVやってそう」

とか散々に言われていて,かわいそうな反面,役者としては成功しているんだから仕方がないんじゃないかと思わないでもない.

こういう,ドラマの役柄のせいで,気持ち悪がられる人たちっていますよね.『ずっとあなたが好きだった』で冬彦さん役をやった佐野史郎さんだとか,『高校教師』で藤村知樹役をやった京本正樹さんだとか.あと,女性ですっかり嫌われ役の代名詞になっちゃった『東京ラブストーリー』の関口さとみ役をやった有森也実さんだとか.

そんなもんなんだろう.

あと,個人的には主体性と決断力のない長澤まさみさんがちょっと苦手ですね.高校生くらいまでなら別にいいのですけれど,18歳過ぎたんだったら,もうちっとしゃきっとせいよと思ってしまう.

そんなこんなで,感情の揺れ動き云々なら別に普通に若い人たちの感性に合わせられるのだけれど,お笑いなんかになると,世代差,地域差が露骨に出るので,ちょっと共感はできないですね.

正月ってのは,箱根駅伝とラグビーを除いて,どこのチャンネルでも漫才をやっているもんだと思っていたのですが,なんか違うみたいですね.北海道では1局だけでした.

そういうわけで,その全国ネットの漫才を観ていて.

個人的には,普通のしゃべくり漫才をやってくれる人たちは,若い世代の芸人でも全然笑えるのだけれど,コント系になると全然ダメですね.若い人たちに人気のあるジャルジャル(最近,福徳に似ていると数回言われたことがある.単に関西弁喋っている地グロの人間というだけのことなんちゃうんかと)なんかも,M1では「くすっ」という程度なら笑えたのだけれど,普段のコントなんかだと全然笑えないですね.あとは,はんにゃもそうなんですけど.

会場の若い人たちには受けていたみたいなので,単に,感性が合わなくなってきただけの話なんだろな.

そんなもんなんだろう.

それと,身体を動かしたくなったので,年中無休とかいうピッチャーガエシとかいうバッティングセンターに行ってきました.

球速が測れるということで,ストラックアウトをやったのだけれど,肩が不自然なくらい軽くて,フォームがめちゃくちゃのメタメタ.さらに球速が120kmを越えない.

久しぶりに体脂肪率を測ってみたら,余裕の二桁.(一桁だとずっと思ってたのに)

バッティングも,甘い球を打ち損じるのが多くなった.しかも,140kmだとバットに当てるのがやっと(vs. ダルビッシュ).

年なんだろな.ジム通い以外には,定期的にスポーツもしていないので,もうアスリートじゃないのかもしれない.もはや,野球ができる身体ではないのかもしれない.

そんなもんなんだろう.(実は,けっこう落ち込んでいる)

はぁ,論文でも読むか...