2011/05/14

刺激される

北大さんで,CALLを使って授業をさせてもらっているご縁で,glexaというプラットフォームを使った授業方法についてのレクチャーを受けさせてもらいました.

凄く勉強になりました.

講師は,工学畑のK先生という人で,優秀な研究者に特有のエネルギーが放出されまくりという感じで,とにかくいい刺激を受けてきました.

コンピュータを使った,英語教育システムの構築を専門に研究されている研究者なのだけれど,とにかく北大という大学が,資金があるのでパソコンのいいサーバーをどんどん入れ替えられる状態にあって(今年の夏にも総入れ替えをするらしい),ハード面でも充実しているし.

さらには,こういう情報リテラシーに長けた英語教育の専門家が柱として存在していて,さらには教養のあるネイティブスピーカーやいろいろな分野のPhD持ちが複数サポーターとして存在しているというソフト面の充実もあるので,他の私立大学は後塵を拝するしかないという状態にあるということを見せつけられてきた感じです.

北海道の大学は,やっぱり北大に行くべきですな.

情報メディアのリテラシーは,現代においては本当に「使うか使わないか」の2択で,使う人はどんどん活用するし,使わない人は全然使わないし,ということで大きく2極化している状態にあると思う.

文科省なんかも,「情報リテラシーを身につける」という文言を大学の教育目標に掲げさせたりするのだけれど,お上も本当に「知っているんだか,知らないんだか」という状態だし(たぶん,極端に知っている人と知らない人が混在していて,知らない人が権力者なので知っている人が遠慮している状態),現場の大学教員もそんな感じです.

傾向としては,年配の人が知らないということが多くて(知り尽くしているという人もわりといるのだが),それでそういった知らない人たちが権力者なので,知っている人たちが遠慮しているという感じです.

でも,別に知っている人たちが知らない人たちに圧力をかけて潰そうとかそういうことでも全然なくて,知っている人たちが積極的に導入しようとすれば,特に邪魔をしようとかそういうことをしているわけでもないような感じです.

ただ,下手に導入してあれこれやろうとすると,知っている人たちだけに極端に仕事が降ってくるというか,別に自分の研究分野に直接関わるものでもなければ,給料が上がるわけでもないのに雑用が増えるので,知らないフリを決め込んでいる,とかそういう雰囲気だと思います.

就職をするかしないかという段階においては,情報リテラシーがある方が有利ですが,一度就職してしまうと,出世にも給料にも関わらない雑用が,できる人たちだけに降りかかってくるという露骨な不平等がそこにはあるのだと,なんとなく思う.

ただ,学生さんたちの立場からすれば,教える側の教員がなぁんにもきっかけを与えてくれないと,なぁんにも触れる機会もないまま,そして活用していない人たちにいろいろなことを教わるので,「あ,別に勉強しなくてもいいんだ」と悟って卒業していくことになってしまう.

ということで,できる人とできない人との差は開くばかり.

北大のK先生もおっしゃっていたけれど,この種の道具を活用できれば,授業中に学生が無為に過ごすというムダを省くこともできるし,自分たちがガンガン練習していこうというきっかけを提供することもできるので,やるかやらないのかは全て教師のさじ加減にかかっているのだと思う.外国語なんざ,理屈も必要だけれど,筋トレと同じでガンガン練習した者勝ちという面も大きいわけだし.

じゃあ,こちらとしては,できるんだからやらないと,という気概にならざるを得ない.

うちでもいろいろ導入したいんだけど,私一人でできることなんて限られているんだよなぁというのが悩みの種.

まぁ,something is better than nothingの精神でやってみますけど.

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