2011/10/14

こんなテキストあったらいいな(言語学・統語論)

学部の3年生,4年生を対象に統語論の講義を受け持っています.

生成文法というのは,どうもその考え方からしてとっつきにくいところがたくさんあるらしく,「大学で分からない講義科目」のワースト投票をやれば,かなり上位にいくのではないかという程,人気がない科目でもあります.

アメリカンジョークでも,「チョムスキー」といえば,分からないことを言っている著名人の代表格に挙げられてしまっているし.

一方で,少数の熱烈な支持者を集める力もあるので,それはそれで存在意義があるのではないかとも思う.

一向に「大学教員」という雰囲気が出てこない私ですが,講義スタイルにも日本の大学教員のプロトタイプとは違う部分があるのでしょうか,どうもわからない学生が大半という状況で講義をしたくないというのがあります.

やっぱり,大半の受講生が頭を上に上げて,それで,「わかる」という実感と快感を感じて欲しいという欲求が常にあるもので.

高校や予備校という現場に立つ教師の視点が抜けていないのかもしれません.基本は,受講生の下から2番目辺りの層に話を合わせて,適宜ちょっとハイレベルなことも交えるという水準で話をしようと心がけています.

これは別に講義の水準を落としているとか,学生に媚びているとか,そういうことではなく,インストラクターが自分の話したいことを好き勝手に話して,自分の知的有意を学生に示して優越感に浸るということにたいして教育的意義がないと思っているからです.

この種の講義スタイルは,東大や京大のトップ層には効果があるかもしれません.彼らなら,プライドが高く,自分が分からないという状態に耐えられないので,自分で調べるという態度を身に付けていることが多いからだと思います.

そういうわけで,受講生の顔を見ているということも大きいのかもしれない.

話を戻して.

統語論(統辞論?)の話を理解してもらうためには,まず,英語や日本語といった対象言語を分析する力が必要なのですが,昨今の,といいますか,わりと昔からだと思いますが,日本の大学生の大半は,英語の文構造を分析する力を身に付けることなく,大学に入ってきているのが現状なのではないかと思う.

所謂,伝統文法の知識が元々ないので,まっさらな状態からいきなり「分析」ということを始めてしまうので,頭の中が混乱し,生成文法が毛嫌いされるという現状もあると思います.

それと,考え方と理解の基本というものでしょうか,ごくごく簡単な仮説演繹という思考法や経験科学の基礎というものができていないので,単に自分の思ったことを述べてそれで「考えた」と思っている学生さんが多いような気がします.

実際,高校の大半でそのようなことは習えないので,現状を嘆いていても仕方がないと思いますが.

こういう現状を踏まえると,以下のような条件の揃った統語論のテキストがあれば理想的なのに,というのを羅列すると.

(1) 分析・解説の前に,対象とする文の簡単な伝統文法的解説がある.

(2) 仮説と検証,仮説の破棄・修正という経験科学の基本的な解説がある.

(3) 適当な(多くの)練習問題がある.(やっぱり,実際に頭を動かして自分で考えて始めて身につくと思う)

(4) いい加減,ミニマリスムが中心の解説をしてもいいと思う.(1990年代前半に出たんだから,もうだいぶクラシカルだと思うし,句構造にしてもいつまでもXバーをやっていても仕方ないんじゃないか.むしろ,初学者にはBare Phrase Strucutreの方が直感に合っていてわかりやすいんじゃないでしょうか)

という条件を揃えたテキストというのがなく,カーニーのModern Syntaxはコンセプトがよかったのですが,語彙論フレームワークに色目を使いすぎたせいか,ごちゃごちゃし過ぎでかなり使いにくい(一部は抜粋して使えるのだけれど).これなら,前のバージョンの方がすっきりしていていい.

そんなわけで,毎回,自分で詳細なハンドアウトを作成していますけれど,今年の講義が終わっても講義ノートとして使い回していければいいなと思っています.

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