2011/11/05

大学はキャリア支援教育を推進するべきか

お上(要するに文科省)の通達により,2012年度からうちの本務校でも「キャリア支援教育」なる授業を,正規のカリキュラムに導入させられることになった.

現場の大学としては,拒否権だの何だのが一切ない形で,お上の意向を受け入れねばならないという事情がある.(何せ,私学助成金と大学設置基準の認可というのが握られているのだ)

この種の授業の実施をお上が求めるということに関しては,2つの理由があると思う.

1つは,昨今の大学生の就職状況の悪化を受けて,自分たちは状況改善のために尽力を尽くしていますよという証拠作りをするということ.

とりあえず,何かに取り組んだという実績らしきものが目に見える形で提示できればそれでいいわけである.

もう1つが,昨今の大学生が就職できない状況は,教育カリキュラムの屋台骨を作っている文科省の責任ではなく,人材教育を怠ってきた学校(特に大学)にあるのだという責任の所在を明らかにすること.

要するに体のいい責任の押しつけである.

断言させてもらうが,大学生の就職率が悪化したのは100%社会の経済状況のせいであって,大学教育のせいではない.

仮に現在の日本の経済状況が1980年代のそれであったとすれば,現在の大学生の大半はそれなりに希望の職種に就けるであろう.

大学の3年の終わりから,早ければそれ以前から対策をし,企業の説明会に出て熱心に企業研究を行い,面接では自腹を切って企業の定めた時間帯に万難を排して駆けつけるということを何件もやってようやく就職にこぎ着けることのできる現在と,履歴書を送れば交通費の他にお小遣いが支給され,高級ホテルでご馳走によるもてなしをされたバブルの時期とを比べられても困る.

就職率のよさは,全て経済状況のせいであって,1980年代の学生が優秀で,21世紀の学生がバカになったからというわけではない.さもなければ,企業のあちこちで,「バブル世代は使えない」という陰口をたたかれている現状が説明できない.

大学の本分はこの種の世間の荒波,移り気の激しい世間様やお上の攻撃から学生を守り,世間と自分という人間の立ち位置を定め,知識を吸収し,自分の生き方を定めるというモラトリアム期間を提供するということにあると思う.

2年後,3年後には言うことが変わるような世間様の言うことなど,

「くだらん」

と一蹴するくらいの気概が大学には必要であると思う.

そういうわけで,お上の申し出と現状とのすりあわせをするためには,この種のお達しを形骸化してやるくらいのことが必要であると思う.

それが大人の対応というものである.

実際,今でもキャリア支援何とかかんとかというものが大学で開催されているが,その中身たるや「?」と首を傾げるものばかりである.

単に自分の講義のプリントや会議資料の用意をオフィスでしていた間に,オフィスの前の教室で開かれていたキャリア支援の内容を適宜見聞きしていただけのことなのであるが,キャリア支援だの何だのといったところで,やっているのは自己啓発セミナーの延長でしかない.

学生さんたちをグループに分けて,大学と教員の悪口で盛り上がって(経済学や数学なんてくだらんとか,大学の講義なんておもんないとか,大学教員の生態についてだとか),単にみんなで雑談していただけである(最近盛り上がったイベントだとか,彼氏さんの話だとか,性格診断だとか).

だいたい,この種のセミナーに呼んでいる「講師」自体,胡散臭い「人材コンサルタント」なる口先だけの人間なのに,こういう人たちに話をさせて一体何が得られるのであろうか.

言って悪いが,学歴も職歴もたいしたことのない人間に,企業の論理が分かるのであろうか.どうせなら,企業の人事部の人たちに来てもらった方が,いくらか得られるメリットはある.

そもそも,「キャリア支援」だの「企業が求める人材」なるスローガンも甚だ怪しいものである.

単刀直入に言えば,この種のスローガンを述べる人たちの本音は,「いくらでも替えの利く,若くて安くて使い捨てのできる人材が欲しい」というだけのことであって,要するに体のいい奴隷が欲しいというだけのことである.

さらに女子大で,エリート養成校でもないうちのような所だと,上司の愛人のような扱いができればいいなという邪心と,営業で文字通り身体をはってくれたり,自分の所の男性社員と体よくくっついて子供を産んで,家族毎会社に忠誠を誓ってくれる男性社員を送り出してくれる女性が来ればいいとしか思っていないという可能性も高い(たぶん,そうだと思うが).

そういう彼らの本音をくめば,見栄えが平均以上の学生さんたちをきれいに着飾らせて,露出の多い格好をさせて,愛想笑いを絶えさせず,セクハラまがいのことをされてもホステスのごとく対応させ,必要最低限の事務仕事さえできればそれでいいということになる.

当然のことだが,大学という機関はその種の使い捨てになるコマを大量生産する必要などない.

むしろ,「キャリア支援」だの「使える人材」だのと声高に叫ぶ人間とのつきあい方には用心せよと忠告する必要があると思う.

そういった現状が見えていない間は,この種の一見説得力がありそうだという言説には特に注意を促す必要がある.

要するに,大学には文科省や厚労省には口を出させないようにする義務があるように思う.

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