2011/12/28

空気を読む能力

最近,「空気を読め」だとか,「コミュニケーション能力が重要」だの何だのと言われている.

ふと,この種の言葉を英語にどうやって翻訳したものかと悩んだのだが,いい訳語が思い当たらない.

少なくとも,communication skillsではないと思う.

英語圏の人たちがcommunication skillsと聞いて思い浮かべる能力と,「空気を読む能力」とは似て非なるものである.

間違いない(って,この言い回し古いんだけど...).

友人がいるので,多少複雑な気分だが,例えば,世の中を賑わしているオリンパスと東京電力という会社がある.

粉飾決算と,原発事故で一躍有名になってしまった会社であるが,この種の企業で要求される「空気を読む力」とはいったい何であろうか.

ケーススタディーとして,クビになったマイケル・ウッドフォード社長について考えてみよう.

彼は,自社の粉飾決算を発見し,それを会計事務会社に依頼して調査し,そして問題を解決しようと考えた.

これが原因で,「独断的な経営を行い,他の取締役との乖離が生じた」として解任されることとなってしまう.

単刀直入に言えば,彼は日本社会において決して犯してはいけない,空気を読まないという行為によって廃絶されてしまったわけである.

これが「和をもって貴しとなす」国の特徴である.

自社の問題点を発見しても,それに目を閉じ,臭いものに蓋をするという行為こそが日本という社会で求められるコミュニケーション能力なのである.

自分の所属組織に問題があるはずがないし,あってはならないのである.

問題が露見した後で,遡及的に

「どうして,あのとき,問題がわかっていたのに解決しようとなさらなかったのですか?」

と言われようが,そのことによって未来に渡って,自己の所属組織だけではなく周辺の人たちに甚大な被害が及ぼうがどうしようが,問題を解決しようという行動は取ってはいけないのである.

問題が生じれば,ひたすらに頭を下げ,75日ガマンし,禊ぎを済ませ,水に流せばそれで問題はなくなるとされるのが,この国の特徴なのである.

こういう風に考えれば,世間の人たちの言う「空気を読む能力」という言葉の意味も合点がいく.

要するに,所属組織に染まり,上司の命令には黙って従い,問題点などネガティブな要因を発見しないこと,または見つけても黙って見過ごすことのできる能力こそが「空気を読む能力」の本質なのである.

断言するが,ウッドフォード氏がオリンパスに復権できる可能性もなければ,原発の危険性を指摘していた学者や危機管理の必要性を説いた東電社員が陽の目を見る機会は今後もないであろう.

彼らは,関連会社だけに留まらず,日本に存在する全ての組織から和を乱すトラブルメーカーとしてブラックリストに名前が記載され,多くの支持を集めることもなく,後ろ指を指されながら生きていく不都合に耐えていかねばならない.

言うまでもなく,かような現状は雇用者からすれば非常に有利なことであり,「空気を読む能力」にオブラートが包まれ,さも肯定的なものとして今後の若い戦力が身に付けるべき能力として推奨されることは願ってもない話なのである.

こういう理由で,私は「空気を読め」という発言をする人間は信頼しないことにしている.

2011/12/27

美人の集まる大学

実は一般企業への就職活動というものを,ちょっとだけやったことがある.

2戦2勝.

と本人は思っている.

1つは学部時代に「商事」と呼ばれる某財閥系商社で,もう1つがイギリス留学前にやった某公共放送である.

前者は,4年の秋からアメリカに留学することになっていたので,秋入社可のところを記念みたいな感じで回って,後者は欧米のPhD課程に入れなければこのまま大学院をドロップアウトしようと思っていたので,修士終了後に回ってました.まぁ,前者は相談の上,辞退させてもらって,後者はシカゴからまず合格通知が来たので,最終の身体検査(実はここで落ちることもあるらしいので,「内定を取った」とは言い難い)前に辞退の連絡をさせてもらった.

Doctorを取ってくるということは,大学4年次にシアトルから帰ってきてから,自分の中では確定事項だったので,この予定を変更するつもりはなかったが,商社とテレビ局で働くのもそれなりに楽しそうだったとは思う.

まぁ,今でも大学教員という職業の方に魅力があるかなとは思いますが.

実は商社さんの方で「惜しいことをした」と思っているのが,受付のお姉さんとデートできなかったということ.

就職活動をする学生さんは,飲み物が常備してある控え室で待っているのだけれど,そこの受付のお姉さんが1次面接から最終までずっと一緒で,それで面接が立て続けに(たぶん,5日くらいで全部終わったような気がする)あったので,すっかり顔馴染みになってしまっていたのです.

普通,就活中の学生さんは緊張でガクガクって感じなのだけれど,どうもその手の緊張感を楽しむ節のある私は,受付のお姉さんと気楽にいろいろと喋っていたのである.

今,思い返してみても,随分ときれいな人で,年もたぶん20代半ばくらいだったのではないかと記憶するのだけれど,他にもこの商社さんの女性社員の顔面偏差値が高かったのは印象的です.

たぶん,きれいどころを集めているということもあるのかもしれないけれど.

しかし,この手の,知的でしかもきれい(「かわいい」ではない)な女性っていったいどこにこれだけいるのであろうか.

私の記憶が確かならば,阪大は基本的に童顔な女性が多くて,かわいい人はそれなりにいたような気がするのだけれど,「きれい」な人ってそんなにいなかったような気がする(この傾向は北大さんでも見られる).

とか言った手前,応援団の赤い口紅のお姉さんだとか,姉御肌のショートカットのお姉さんだとか,一般教養で一緒だった薬学の女の子2人とか,きれいな人もいたか.

まぁ,でも,数としては少ないわな.

関西で,「おしゃれ」な大学とか言うと,ついつい男の子がかっこいいetcの話になる傾向があって,美人が集まる大学ってあんまり話題にならないような気がする.

関東だと,上智や慶應にきれいな人が集まるイメージがあるのだけれど(そして,慶應は実際そうだったと思う.惜しいことをした←併願かけていたのだ).

関関同立など,私大ならきれいな女性もたくさんいるのか?と言われれば,特にそんな気もしないのだけれど(すまない.「かわいい」人はけっこういるような気がするんですけど,「きれいな」人ってあまりいないような気が).

もしかして,お嬢様系の女子大なんかに隠れているのであろうか.

しかし,自分の勤務校を考えてみても,かわいい学生さんはたくさんいると思うのだけれど,「おぉっ」と思うようなきれいな学生さんって,いたか??(まぁ,いない方が働く側としては健全でよいのですが).

思いつかん.

たんに自分が年を食って,若い女の子はみんなかわいく見えるようになってきたというだけのことなのかもしれん.

まぁ,いいか.

話を戻して.

それで,商事さんとこの女性とは,「内定を取ったらデートしてもらえませんか?」と言って,嘘か愛想か,OKをもらっていたのだけれど,ついぞ,会う機会を持てませんでした.電話番号聞いておけばよかったです.残念無念.

ちょっと思うのだけれど,女性って,顔馴染みになって,ある程度話が盛り上がってくるとガードが下がりますよね.

超絶イケメンが声をかけるとか,よっぽど暇だとか(街中の女子高生とか),旅先だとかそういうのでもなければ,初対面の男性にひょこひょことついていく確率は,それほど高くないのではないかと思う.

と考えれば,ナンパの成功率が低いのも頷ける(成功者はだいたい,数を打っている).

しかし,できれば,「これは」と思った人を確実に仕留めたいとか,そんなことを考えていた時期が私にもありました(遠い目).

店員さんとかはベタだし,だいたい,失敗したら次に店に行きにくくなるのでアウト.

となると,やはりここは電車の通勤・通学でよく一緒になるとかいうのが一番アリなところではあるまいか.

いつも電車で時刻と車両が同じの気になるあの人.

うむ.

間違いない(この言い回し,古い).

ドラマや映画でもよくある出会いのパターンだし(北の国からで蛍ちゃんがそうでしたね),それに無難である.万が一失敗しても,所詮,電車で乗り合わすだけの関係である.それに女性も,この種の劇的な出会いにロマンを求めている人は少なからずいるはずだ.

しかしながら.

この手の出会いというのもなかったですね.

地元の駅からの電車の本数はある程度決まっていたので,時刻も車両もけっこうパターンが決まっていたのだけれど.

まぁ,よく見かける会社員だとか,なぜかよく出くわす中学時代の同級生なんかはいましたけれど.

後は,せいぜい女子高生さんたちとたまに喋っていた程度か(注:私から声をかけたのではない).

今は,普通に自動車通勤ですから,こういうのはないですね.

というわけで,ちょっと昔の映画を観ていたら,昔のことを思い出すようになっていました.

さーて,仕事仕事.

2011/12/18

北の国のクリスマスストーリー

私はこの話を藤川綾花から聞いた.彼女は話の中で悪い役柄というわけではないのだが,自分の名が知れ渡るのは困るというので,本当の名前を使わないで欲しいと頼まれたのである.それ以外の,彼女が保育士を目指しているとか,早逝した姉がいたとかいったことは,概ね,彼女が私に語った通りである.

彼女は大学の2年生なので,知り合ってからおよそ1年半が過ぎたことになる.彼女は,教室内の学生の顔が認識できるようになってから考えれば美人という程度の容姿で,成績も1番や2番ということではないが,上・中・下の3分割をすれば間違いなく上に分類できるという程度の成績で,いつも教室の窓側の席から教壇を眺めている,優秀だがあまり印象に残らない学生である.

長い間,私は彼女のことはあまり気にとめてこなかった.単位認定に苦労するというわけでもなく,特別目立つわけでも,学内一の美人というわけでもない.ほうっておけばそつなく課題をこなしてくれる,教員からすれば手のかからない,ありがたい少女Aとでも言うべき存在であったからである.実を言うと,彼女の顔と名前が一致するには半年以上の月日を要した.その程度の認識であった.

だが,事態は急変することとなった.ある冬の吹雪の強い日の午後,空き教室にある「ババールとサンタクロース」という絵本を眺めていると,突然,彼女に話しかけられたのである.

「何を読んでいるんですか?」

私はふと読みかけのその絵本の手を止め,彼女の方に視線をやった.私は,この大学にいるきれいな学生の一人かとなんとなく思った.

正直に言えば,自分が受け持っているクラスに彼女がいたということを,その場で即座に思い出せなかったので,私はまた,関わりのない学生に話しかけられたのだと思った.この大学にいると,自分が知らない学生にふいに話しかけられることがよくある.

しかしながら,彼女が,私が現在授業で扱っているニューヨークのクリスマスに関する話を切り出したのを聞いて,ようやく自分が彼女を受け持っているということがわかったのである.

「先生の話を聞いて,ニューヨークに行きたいねってみんなで話をしていたんですよ」と,彼女は私の側に来て,私が手を取っていた絵本をじっと眺めていた.

ぞうのババールというシリーズは,私が幼少の頃に好きだった絵本で,幼稚園内にあったシリーズを読破したことがあったのである.そのことを,私はこの日までずっと思い出すことがなかったのだが,なんとなく懐かしくなってこの絵本をパラパラとめくっていたのである.

細部についての記憶はないが,ババールのフットワークの軽さと行動力はなんとなく覚えていた.彼女もこのシリーズが好きであるらしく,この日はそのまま絵本とお互いの幼少時の頃の他愛のない話をしてそのまま別れた.

それ以来,彼女と学内で顔を合わせることがあると,他愛のない会話を交わす学生の一人となった.今日は寒いねとか,今日転びそうになりましたとか,そういったことである.しかし,彼女がどういういきさつでぞうのババールのシリーズを好きになったのかということを知ったのは,つい先週のことである.それが,彼女が私に語ってくれたストーリーのテーマである.

その前の週のこと,北海道新聞のある女性が私のオフィスを訪ねてきて,クリスマスの朝に掲載するクリスマス・エピソードを書いてくれないかと依頼してきた.最初は,手間だし,難しそうなので無理だと言おうとしたのだが,会話の終わり頃に,ついつい調子に乗って引き受けると言ってしまったのである.その女性がスラリとした感じの美人で,なんとなくもう一度話をする機会を持ちたいという邪心が働いたということは否定できない.

しかし,その日の夜,私は自分が要らぬ仕事を引き受けてしまったと思った.自分がクリスマスについて,いったい何を人より知っているのであろうと.

その新聞社の女性は,イギリスやアメリカのクリスマス事情でも何でもおもしろいことを書いてくれと言ったが,私が知っている情報は,旅行ガイドブックや,Wikipedia・Googleを検索すればすぐにでも出てくるようなことばかりである.せいぜい,ニューヨークではクリスマスでも営業している店が多かったとか,イギリスでは友人が実家に帰るのは退屈だが,仕方ないしねと愚痴っていたとか,公共交通機関もほとんど走らず,店のほとんどが閉まって街がしんと静かになるとか,1つ2つのエピソードを付け加えることができる程度のことである.

この女性は,イギリスで博士号を取った大学の先生ならではのおもしろい話を書いてくださいと,冗談めかしながらハードルを上げてきたのだが,このままでは気の利いたエピソードの1つも書けそうにない.そう考えると,少し申し訳が立たないような気がしてきた.この際,クリスマスにロマンチックな思い出なんかできたことがないと開き直って,ウケを取りにいく話でも書こうかと,少々気が滅入ってきたのである.

その後数日,授業の準備や論文を読む合間に,クリスマスエピソードについても少しづつだが,確実に自分の中でプレッシャーとしてのしかかってくるようになった.空き時間に図書館のクリスマスにまつわる図書を眺め,でっち上げでもおもしろい話はないかと探したが,何もひっかかる情報は見あたらなかった.

外が真っ暗になった水曜日の夕方,私は翌日の講義資料を学生の人数分印刷した後で,学内に飾られたクリスマスツリーが点灯されてあるのを見て,ちょっと立ち止まってツリーにそっと手をやっていた.学内にもう学生はいないかと思っていたのだが,ふいに藤川綾花が現れ,私に話しかけてきた.はからずも,私はクリスマスエピソードの執筆について彼女に思いの丈をぶちまけていた.「クリスマスの話ですか?」私が話し終わると,彼女は言った.「もし,今度,私にお菓子を作って来てくれるんだったら,いい話がありますよ」.

翌日,私は家に残っていた早めに食べなければならない状態にあったバナナを使って,パウンドケーキを作った.残り物で簡単なのだが,それなりにおいしくできるのである.

焼いたパウンドケーキをアルミホイルに包み,金曜日の午後,彼女に私のオフィスに来てもらった.しっとりとしたパウンドケーキによく切れるペティナイフを入れ,2切れを皿に載せて,ケトルで沸かしたお湯で紅茶のマルコポーロを入れ,彼女の前にそっと差し出した.部屋の中は,マルコポーロ特有の優しい香が充満していた.

「高3のクリスマスイブのことだったんですよ」と彼女は言った.「受験勉強の息抜きを兼ねて,ちょっと家の中とクローゼットを整理していたんですよね.ほら,ずっと椅子に座っていると気が滅入るので,何かを整理したり身体を動かすと,ちょっと気分転換になるじゃないですか.それで,いつもは大掃除の時にも整理しない場所なんかもわざわざ開けてみたりして,いろいろと片付けていたんですよ.そうしたら,子供の頃に読んでいた絵本なんかも出てきて.それで,クリスマスイブだったので,ババールとサンタクロースという絵本を手にとって,ぺらぺらとめくってみたんですよ.絵本ってたまに読むとなんだかおもしろかったりしますよね.それで,絵本の最後のページにちょっとした書き込みと,子供の字で書かれた手紙を見つけたんですよ.もしかして,私が小さかった頃に書いたものなんじゃないかなって思ってその煩雑な文字を読んでみたんですけど,『あやかとケーキが食べたい』とか,『あやか,だいすき!』とか書いてあったんですよ.確かに私,自分のこと嫌いじゃないですけど,ちょっと何か変ですよね.だって,自分の名前を書いて一緒にケーキが食べたいとか,自分大好きって何か変な子じゃないですか.でも,そのときに思い出したんですよ.私が物心つく前に亡くなったので,私には全然記憶がないんですけど,私には姉がいたということを聞かされていたことがあったんですね.姉は小児性脳腫瘍という病気で5歳で亡くなったそうなんですが,僅かばかりの写真でしか見たことがなくて,それで自分に姉がいたということがどうも実感できなかったんですよね.だって,姉が亡くなった頃,私は1歳になるかならないかという時分だったみたいなので.それまで亡くなった姉のことを意識したことはほとんどなかったんですが,それでもそのときには,ちょっといろいろと考えちゃいましたよ.このとても小さな姉は,きっと私の成長を楽しみにしてくれていて,それで一緒にクリスマスパーティーをやりたいとか,そういうことをいろいろと考えていてくれたんだろうなって.その手紙を持って,母の所に行ったんですが,母はその手紙を見たのがどうも初めてらしくて,それでとてもうれしそうにその『あやか,だいすき!』という文字を眺めていたんですよね.そこから初めて詳しく,亡くなった姉のことを聞きました.活発で,元気で,男の子の中に混じって遊んでいたということ.お絵かきがとても好きで,幼稚園と幼稚園の先生と,そして家族がとても好きだったということ.お父さんが帰ってきたら,玄関にあるボールを転がしてもらって,それをキャッチするのが日課で,うまくできた日はとてもうれしそうにしていたということ.そういう話を聞いて,私はやっと自分にも姉がいたということが実感できたんですね.単なる小さい女の子でしかなかった姉の写真にも,ようやく現実味が沸いてきました.自分と関連した人間の一人だったんだって.そんな姉はいつもお風呂上がりに,私の所に来て,幼稚園の先生のまねごとをしていたという話も聞いたんですよ.幼稚園の先生が好きで,それでよくマネをしていて,それで自分でもいくつか実践してみたかったんでしょうね.それで,小さくて,布団の中で寝ているだけの私を見て,たぶん自分が先生で,私が園児という形の幼稚園ごっこみたいなのをしていたみたいなんですよ.『これ,何だ〜?』とか,隣で絵本の読み聞かせなんかをしてくれていたみたいなんですけどね.その話を聞いて,私は姉が幼稚園の先生になりたかったんだろうなって想像するようになったんですよ.自分の中で,もし自分に大学生の姉がいたとしたら,きっと保育士の資格が取れる大学に行って,きっと元気に幼児と走り回る活発な女子大生をやっていたんじゃないかって想像するようになりました.

それから,私は志望校をここに決めたんですよ.それまで,こんな外れにキャンパスがある大学なんて大変そうだし,女子大みたいな女ばっかりのところなんてなんかめんどくさそうだし,ここって校風からして堅そうで大学生活が楽しくなさそうだし,それまでこの大学を受験するなんて全然考えてもいませんでしたよ.でも,それまで特別受験したい学科があったわけでもなかったし,北大は絶対に受かるという程でもなくて,ちょっと勝負を賭けないといけないようなレベルだったし.人前で話したり,人を扱うのは得意じゃないので教員になりたいと思っていたわけでもなかったので,教育大は全然考えていませんでしたし,それに小樽まで通うのは大変そうなので,樽商も考えていませんでした.正直,どっちつかずの中途半端な受験生ではあったんですけどね.でも,自分が幼稚園の先生になろうというのが,なんとなく直感的な部分で適合する部分がありました.大変そうだし,給料もあんまりよくないということもわかっているんですけど,でも,とりあえずやってみようと思ったんですよ.亡き姉がもし保育士になっていたとして,彼女ならどんな先生になっていたんだろうとか,姉には負けたくないなとか,とにかくそういう架空のライバルが自分の中でできたような気がしたんですよね.」

「その,自分に当てられた手紙ってどんなのだった?」と私が尋ねると,彼女は自分のカバンのサイドポケットに入れてあった手紙を取り出した.手紙は,ハート型に切り取られていて,裏面にはケーキの絵が描かれてあり,表には,確かにようやく判読ができそうという文字で「あやか,だいすき!」と書かれてあった.

「保育士を目指すようになって,それで時々,姉に話しかけられた気分になることがあるんですよ.『えー,それ,もうちょっとちゃんとしなよ』とか,『私だったら,こうするな』とか,『あー,それいい!』とか.なんか嬉しくなっちゃうんですよね.写真の中の姉は,幼稚園の先生というよりは,もちろん幼稚園の園児って感じなんですけど,それでも時々大人になった姉と会話ができるようになったと,本当に思うことがあるんですよね」

「それで,この大学に来てよかった?」

「正直,通学は大変ですよね.それに楽しくない授業も多いですよ.そんなことしてどうなるんだとか,友達とよく話してます.先生が,私たちのことを子供みたいに扱う授業もけっこうあって,正直,嫌になることもあります.でも,先輩の話とか,幼稚園・保育園に関わるようなことをやっていると,やりがいも感じるし,基本的に楽しいですよ.いい先生ももちろんいますしね」

彼女はそう言うと,フォークでパウンドケーキを突き刺して,おいしそうに口に運び,「あちっ」と言いながら紅茶に口を付けていた.

「借りができちゃったね」と私は笑って話しかけた.

「これで十分ですよ.おいしいです」と言って,彼女はケーキを平らげた.「あ,でも,今度ティラミスを作ってきてくれたらもっと嬉しいです」.

「ま,今度ね」

「その『今度』というのは,英語で言う『sometime』ですよね.楽しみにしてます」

私は彼女に微笑み返し,皿とマグカップを洗った.

2011/12/17

世の中が嫌になる

冷温停止宣言の裏に潜む「ずさん工事」の現状

東電関連の記事です.

なんか,東電と民主党は知れば知る程,嫌になってくるな.

本当に評価する点が一つもない.こんな組織,日本にもあるんだな.

2011/12/13

アカハラ予備軍

子供の珍名・痛名

爆走蛇亜 (ばくそうじゃあ・男) くん
幻の銀侍 (まぼろしのぎんじ・男) くん
僕 (しもべ・女) ちゃん
心中 (ここな・女) ちゃん
美空 (びゅあっぷる・女) ちゃん
星 (あっぷる・女) ちゃん
土人 (つちひと・男) くん
愛と夢 (あとむ・男) くん
今鹿 (なうしか・女) ちゃん
桃っ子 (ももっこ・女) ちゃん
神 (かみ・男) くん
神王 (ぜうす) くん
飛哉亜李 (ひゃあい) くん
光宙 (ぴかちゅう・男) くん
一愛和 (ちわわ・女) ちゃん
苺苺苺 (まりなる・女) ちゃん
奈々安寿絵里 (ななあんじゅえり・女) ちゃん
カス美 (かすみ・女) ちゃん
美姫ルジル (みきるじる・女) ちゃん
百歩 (ももっぽ・女) ちゃん
ハム太郎 (はむたろう・男) くん


すんません.自分の学生にこんな名前がいたら初見で読む自信ないですし,笑い出す可能性も高いです.

人の名前をみて笑い出すのはマナー違反だとは思うのだけれど,この種のDQNネームを見て笑ったからといって,「アカハラ」扱いするのだけは辞めてほしいなと思う.

世の中,理解できない人って多いですね.

追伸:
「晩ご飯,何を食べたんですか?」という質問が立て続けにきたので,今日の夕食.

鰤の照り焼き
田舎汁(要するにけんちん汁から里芋抜いたの)
人参とマイタケ・シメジのナムル
キャベツと厚揚げの煮浸し
ご飯(最近,発芽玄米を入れている)

鰤は切り身が半額で売ってあったのと,後は残り物で作りました.

2011/12/08

ギャー

ダルビッシュ有オフィシャルブログ

この度、ダルビッシュ有はポスティングシステムを利用する事を決めました。

一番にファンの皆様へ伝えたかったのでここでの発表になりました。

北海道日本ハムファイターズ球団には本当に感謝してます。

ただ、まだポスティングの手続きをとったばかりなので、今の段階で詳しいことは話せません。

全てが決まってから会見させて頂きたいと思います。
ギャー.

とうとう,この日が来てしまった...

2011/12/07

防備録

要請があった某所の論文原稿を提出した.

編集委員会から,参考文献にtypoがあったのを指摘してもらった.

いつもLaTeXで論文を書いているので,そのミスはbibファイルの参考文献のデータベース上にあるミスである.

bibファイルの大本は,基本,各パソコンの不可視領域に入れてあるので,訂正がある場合は逐一,パソコン内のデータをアップデートしておかないといけない.

1番目の原稿をMacBook Proで修正し,bibファイルを書き換えておいた.

その後,提出間際になって,原稿を家のiMacで確認して提出したのだが,bibファイルの書き換えを忘れていた.

というわけで,オリジナルの間違いが修正されないまま訂正原稿を提出する運びとなってしまい,再度,ありがたいことに修正要求の連絡をいただいた.

誠に申し訳ないことである.

編集委員から論文執筆を依頼してもらったのに,このような単純な間違いを繰り返すということは,期待に応えられていない無能な人間であるということを意味している.

己の無能を深く恥じる.

金輪際,かような単純ミスをしないよう,ここに記述して防備録とする.

2011/12/05

牡蠣が食べたい

午前中は吹雪の中,自宅で仕事をし,午後の猛烈な吹雪の中,H大さんまで出かけて講義をし,帰宅してからジムに行き,帰りがけにちょっと小さなスーパーに立ち寄った.

そこでは,サロマ湖産の牡蠣が半額で売ってある.

ゴクリ.

牡蠣は軽く湯通ししてから,旭ポン酢に漬け込んで食べてもおいしいし,フライパンにオリーブオイルとニンニクの微塵切りを入れ,一気に加熱させてから牡蠣と白ワインと塩を少々入れて,アルコールを飛ばしながら軽く加熱させてから食べるととてもおいしい.

しかも,栄養価も高い.

「半額」という言葉にめっぽう弱い私なのだけれど,しかしこの忙しい時期に食中毒で倒れるわけにはいかない.

牡蠣にあたったことはまだないのだけれど,幼い頃から父親より牡蠣による食中りの恐ろしさは何度も聞かされ続けている.

それにgoogle先生に聞いてみても,牡蠣にあたったという人たちがたくさんいるということだけはよくわかる.それに,牡蠣の食中毒のメカニズムを知れば知る程,牡蠣にあたるかどうかという賭は,ほとんどロシアンルーレットをやっているようなものだということがひしひしと伝わってくる.

講義に穴を空けると,もう補講期間を探すのも難しい時期になってしまったし,それに家で一人で倒れていても,薬一つ買いに行けないかもしれないのである.そんな生活まっぴらごめんである.

というわけで,牡蠣を食べるという選択肢は泣く泣く断念し,同じく半額になっていた鶏モモ肉を見て,これを香草焼きにするということで手を打つ.

自己管理というのも大変である.サクッと休める大学に勤務できるといいのだけれど.

2011/12/04

日本の組織論といじめについて

えげつなすぎる「いじめ」

いじめ問題に関する議論は尽きないが,同記事によれば,文部科学省の調査により,いじめはここ5年で4割減っているということになっている.(事実であるとすれば,素晴らしいことだが)

ホンマかね?

単に,いじめの件数としてカウントしていないだけなんじゃないの?

最近,日本という社会に関して,嫌気が差すほど実感させられているのだけれど,自己の所属組織に対して,それがいかなる問題を抱えていようが,その問題を指摘したり,克服しようとしたりする人間は常に「トラブルメーカー」として認識され排除される社会なんだなと思っています.

それは,例えば,福島県の現状に関して,決して楽観視できる状況ではないと言えば,

「被災者の気持ちが分かっていない」

「風評被害」

と罵倒される世情ともリンクしてくるし.

あれほど卑劣で愚鈍極まりない行為を繰り返してきた東京電力を否定するような言説も封じられているし,原発を考え直そうとしている人たちも「変な運動家たち」として認識されている現状からも伺える.

相撲協会でも,八百長を告発した力士や講談社が追い詰められた後はどうなったの?って感じだし.

一体,いつの間に「禊ぎ」とやらは終わったのだろうか?(ちなみに,私個人は相撲の八百長自体にはそれほど否定的ではない)

オリンパスの粉飾決算を解決しようとした社長も,会社を追われることとなった.そもそも告発などということをした人間は,今後の日本社会から排除されることになるのだろう.(彼はイギリス人だから,それもいいのかもしれないが)

いじめの件に関しても,それを指摘する人や,被害に遭ったないしは加害者の側の告白も,まず担任教員が取り合わないことが多いのだろうし,仮に取り合っても校長やら教育委員会のレベルで握りつぶされて「なかった」ことにカウントされているだけのことなんだろう.

人が集まれば何かトラブルは起こるし,そういったリスクをどうやって少なくして,それでどうやって対処していくかということを考える能力が,日本人には決定的に欠けているように思われる.

それは,その手のネガティブな結果について考察するということが,「縁起でもない」という名の下に忌避され,問題を解決しようとする姿勢が「和を乱す(和をもって貴しとなさない)」と認識され,毛嫌いされることになる社会の反映でもある.

この手の傾向は,海外体験がなく,より狭い自分たちの世界に閉じこもっている地方の人間に多いような気がする.

単に自分の所属組織が,そうだというだけのことなのかもしれないけれど.

海外にいると日本のいい点もよく見えたけれど,いざ帰ってきてみると,けっこう息苦しい社会だなと思う.