2012/02/26

アスペルガー症候群?

えと,発達障害・アスペルガー障害って何ですか?を読んでいて,少し気になった.

アスペルガー症候群の疑いがある自己診断チェックがいくつかあるのだけれど,けっこう当てはまる自分に気がつく.

以下,当てはまると思われるもの.1のコミュニケーションの障害から.

(1) 「あいまいな言い方を理解できない」:元々,こういう性質はあったけれど,イギリスから帰ってきて,日本の所謂,婉曲的な言い回しがさらにわかりにくくなっている今日この頃です.

(2) 「皮肉やお世辞,社交辞令などを理解できない」:上と一緒.それと,お世辞はなるべく受け入れるようにしている.うむ.

2の社会性の障害はたぶんない.

続いて,3の想像力の障害.

(3) 「興味の対象が狭く,一度始めると周りが見えなくなる」:めっちゃありますね.集中しすぎると,時間とか,約束とか忘れてしまうこともある.でも,これは頭の悪い人の方が集中力がなさ過ぎで,散漫で,ものを考える力がないせいだと個人的に思う.この診断もたぶん,頭の悪い人が作ったに違いない.

って,こういう考え方がどこかアスペルガー症候群なんだろうな.

でも,天才的な人の集中力に比べると,自分の集中力なんてまだまだだと思う.

だいたい,研究者はちょっとアスペルガーの気のある,社会性の欠如した人たちがする職業だと思うので,実はあんまり気にしていないのです.

つか,何でもかんでも「病気」だと決めつけていると,そのうち人間全員病気だということにならないだろうか.

注意力散漫な人も,私は十分に発達障害に数えていいと思う.

2012/02/19

復活

入試業務が終わって,いきなり体調を崩す.

頭がフラフラして,咳が酷く,喘息発作が出る.生きているだけでしんどいとかいう状態.

コホコホ.

しかしながら,ご飯を食べないと復活する体力が養えないので,しんどい身体に鞭打って買い物に行き,クラムチャウダーとニラのおひたしを作り,リンゴを囓って卵酒を飲んで横になる.

という生活を2日やって,今日,ほぼ完全復活しました.頭もすっきりとしているし,咳も少ししか出ない.出たところで,たいした咳でもない.

人生って,健康なだけで幸せなのだとひしひしと感じる.

ということで,しばらく研究モードに移る期間が確保できる(予定).

ところで,この体調の悪い時期に,私がつけたH大の成績にクレームがついたのだけれど.

その学生は,「良」だったのですが,なんか

「テストはあまりよくなかったと思いますが,授業に全出席して頑張ったのだから,そこをもっと評価して欲しいです」

というご主張.

んなこと言ったってね,あーた.

クラスの半数以上は全出席だし,だいたい,みんな休んだところで1,2回なんだし.

テストのクラス平均得点率が63%なのに対して,60%しか取っていない人にどうやって「優」や「秀(H大では優の上にこの評価がある)」をつけろと.

そもそもこの人は,「良」の中でも下の方で,もう少しで「可」の水準にいるというのに何言ってるんだか.

H大は相対評価なので,このクラスで秀を取ろうとすれば,90%後半の得点率が必要だし,優の大半は90%前後の得点なんですけど,自分がこの人たちと同じ水準にあるはずだと言いたいのであろうか.

「頑張ったから評価する」という水準は小学校で卒業してもらいたいものです.

それ以降は結果が全て.頑張るというのは,至極当然の話なんですよ.

こっちは体調も悪くて,メールを打つだけでもしんどいのに,しょうもない雑用を増やしやがって.

2012/02/10

日本の大学で国際性を養うということ

幸いにして,まだうちの本務校は定員割れはしていないのだけれど,毎年,真綿で首を絞めるかのようにちょっとずつ志願者の数は減ってきています.

特に,北海道では名門と言われていた英文さんが,ってモゴモゴ.

実は私は英文さんには所属していないので,入試関係や運営・雑務以外では特に何も関与していないですし,単に「お隣さん」という感じのつきあい方をさせてもらっています.こういうのは部外者は下手に口を出さないに如くはなし,と思っていたのだけれど.

先日,ちょっと学長さんに呼び出されて,「これからの本学を支えてもらってetc」とかいう鼓舞(脅し?)と,英文さんの運営の仕方に関する愚痴や,協力を頼まれてしまいました.

その場でも言ったのだけれど,別組織に所属している以上は,他学科のやることに口出しをするつもりはありません.

しかし,愚痴に耳を貸すくらいのことならできる.

どうやら,今の英文の主任さんは,特に現状を変える必要もないし,文学や語学研究の前提となる英語力の研磨に努める必要もないし,学生さんに留学の機会を与える必要もないし,留学するだけの能力もないと断言して譲らないらしい.

国際性は本学にいるだけで十分に養成できるということだそうです.

ふーん.

なるほどね.

確かに,英米文学ないしは,言語学を専攻する大学生にもなれば,英語力の研磨は自分でやるべきなのだろうし,本学を離れて別の大学に行かなければならないという義理もないし,何かを手取り足取り教員が教えるべきではないのかもしれない.

一方で,大半の大学生さんたち,特に地方の若い人たちにとっては,欧米という世界はやはり遠い存在なのだろうし,周囲にそういう所に行く友人や先輩がいなければ,海外というのはやはり遠くて縁のない場所ということになるのだろう.

個人的には,ある程度は大学の教員が率先して海外を開拓して,学生さんたちをとりあえず何人か連れて行き,そういった学生さんたちに自分の経験を同級生や後輩たちに語る機会を持ってもらうことにも意義はあると思う.

それに例えば,海外に行き,英語を使用して生きていかなければならないという環境を与えることによって,より熱心に英語に取り組む学生の数が増えるという想像もつく.

また,文学研究や言語学研究(特に理論)という分野では,日本は欧米に一歩(もっとかな?)遅れているところもあるので,1年前後みっちりと基礎を鍛えてきてもらえれば,質の高い卒業論文にもつながるだろうし,若い間に海外という外を見てくることによって,視野を広げる学生さんたちが増えるであろうという予測も十分に成り立つ.

個人的には,学生さんたちに,外の世界を見せる機会をたくさん与える方向に舵を切った方が魅力的な大学になるかなと思うのだけれど,年配の人たちには,自分たちが名門の学科を仕切ってきたという誇りとアイデンティティの柱もあるのだろう.

まぁ,あとはネット上で公言すると剣呑なことになるような理由もあるのだろうけれど.