2012/02/10

日本の大学で国際性を養うということ

幸いにして,まだうちの本務校は定員割れはしていないのだけれど,毎年,真綿で首を絞めるかのようにちょっとずつ志願者の数は減ってきています.

特に,北海道では名門と言われていた英文さんが,ってモゴモゴ.

実は私は英文さんには所属していないので,入試関係や運営・雑務以外では特に何も関与していないですし,単に「お隣さん」という感じのつきあい方をさせてもらっています.こういうのは部外者は下手に口を出さないに如くはなし,と思っていたのだけれど.

先日,ちょっと学長さんに呼び出されて,「これからの本学を支えてもらってetc」とかいう鼓舞(脅し?)と,英文さんの運営の仕方に関する愚痴や,協力を頼まれてしまいました.

その場でも言ったのだけれど,別組織に所属している以上は,他学科のやることに口出しをするつもりはありません.

しかし,愚痴に耳を貸すくらいのことならできる.

どうやら,今の英文の主任さんは,特に現状を変える必要もないし,文学や語学研究の前提となる英語力の研磨に努める必要もないし,学生さんに留学の機会を与える必要もないし,留学するだけの能力もないと断言して譲らないらしい.

国際性は本学にいるだけで十分に養成できるということだそうです.

ふーん.

なるほどね.

確かに,英米文学ないしは,言語学を専攻する大学生にもなれば,英語力の研磨は自分でやるべきなのだろうし,本学を離れて別の大学に行かなければならないという義理もないし,何かを手取り足取り教員が教えるべきではないのかもしれない.

一方で,大半の大学生さんたち,特に地方の若い人たちにとっては,欧米という世界はやはり遠い存在なのだろうし,周囲にそういう所に行く友人や先輩がいなければ,海外というのはやはり遠くて縁のない場所ということになるのだろう.

個人的には,ある程度は大学の教員が率先して海外を開拓して,学生さんたちをとりあえず何人か連れて行き,そういった学生さんたちに自分の経験を同級生や後輩たちに語る機会を持ってもらうことにも意義はあると思う.

それに例えば,海外に行き,英語を使用して生きていかなければならないという環境を与えることによって,より熱心に英語に取り組む学生の数が増えるという想像もつく.

また,文学研究や言語学研究(特に理論)という分野では,日本は欧米に一歩(もっとかな?)遅れているところもあるので,1年前後みっちりと基礎を鍛えてきてもらえれば,質の高い卒業論文にもつながるだろうし,若い間に海外という外を見てくることによって,視野を広げる学生さんたちが増えるであろうという予測も十分に成り立つ.

個人的には,学生さんたちに,外の世界を見せる機会をたくさん与える方向に舵を切った方が魅力的な大学になるかなと思うのだけれど,年配の人たちには,自分たちが名門の学科を仕切ってきたという誇りとアイデンティティの柱もあるのだろう.

まぁ,あとはネット上で公言すると剣呑なことになるような理由もあるのだろうけれど.

0 件のコメント:

コメントを投稿