2012/10/29

MacTeX2010年度版以降で,日本語beamerを作る際の注意点

自分への忘備録と,迷った人用に自己解決した問題を書いておきます.

MacTeX2010年度版以降では,pLaTeXがパッケージに含まれているので,日本語が使えます.ただ,設定が面倒くさいので,以下の点に注意.

otfパッケージが使えるので,プリアンブルに記載する.(要するに,\usepackage{otf}と書けばよい)

環境設定のタイプセットで,デフォールトのスクリプトをTex + DVIにする.

内部設定タブを開け,2つ目のTeX+dvips+distillerを-simpdftex platex --mode dvipdfmx --maxpfb --extratexopts "-file-line-error"に書き換える.

これで,次回以降,日本語が使えるようになる.

beamerを使う際には,pdflatexが日本語に対応していないので,プリアンブルに\documentclass[dvipdfm]{beamer} とオプションを付け,platexとdvipdfmxで処理をする.(TexShopを使用している場合,環境設定のタイプセットでデフォールトのスクリプトをTex + DVIにする.(普段,英語でbeamerを使用する場合,Pdftexで設定していると,ちょっと面倒くさいかも))


英語恐怖症?

最近はいつだったか覚えていないのだけれど,時に英語を使うのが凄く億劫というか憂鬱になることがあります.

昔,「英語恐怖症だった」という人がいて,英語がとにかく怖く,その恐怖症を克服するために英語ができるように頑張ったという話を聞いたことがあったのだけれど,たぶん,それに近い状態なんだと思う.

この種の億劫さはイギリスにいた頃にもちょくちょく感じていて,1ヶ月に1回くらい症状が出ていました.

さすがに英語圏にいるわけだし,使わざるを得ない状況に追いやられていたので,億劫な日は日本人以外の人に会いたくねぇなぁとか思いながら生きていました.(自分のパートナーが日本語が使えないとかいう状況だと最悪ですね)

今も,何だかんだで英語を教えることを生業の中心にしているわけだし,「英語使いたくねぇ」とか言うと,「仕事にならないではないか」ということになりかねないのだけれど,使いたくないものは仕方がない.

まぁ,無理して使っているんですけどね.

普段は,車の中でもBBC world newsを聞いて,専門書だのニュースだのペーパーバックだのと英語でものを読んだり,論文を書くのも英語なのだけれど,この症状が出た日には,車で英語のニュースは聞かないし,英語のサイトは見ないし,ましてや英語で文章を書いたりもしない.

それだけで随分と気分が楽になるのですが,やっぱり英語は自分にとって外国語であって,本能で使える母語ではないわけですね.海外で臨終に迫った人が久しく使っていなくとも自分の母語を口にするようになるという話は有名だけれど,母語というのはそれだけ身体に染みついているものなんだなと実感して思う.

まぁ,傍目には苦労もなく使っているようには見えても「使いたくない」と思うことくらいはあるんですね.世の中,そんなもんなんなんだと思う.

そういや,ごくまれに若い女の子の集団を見たくないという気分になることもあるな.職場はそれなりに楽しんでいるのだけれど,どこかで潜在的にストレスを感じているのかもしれない.

2012/10/23

閉鎖的な日本球界

えと,また3時に起きてしまって,寝られないのでブログでも書きます(今日,授業3コマあるのに。。。)。

眠気が襲ってこないかなーっと期待しながらベッドで横になってiPadで大谷翔平は次世代の野茂になれるか。というニュースを見ていたのだけれど。

私みたいな他人が何を言おうがどうってことないのですが,個人的には,彼の決断は尊重されるべきだし,頑張ってほしいなと思います。

よく言われることだけれど,サッカーでは海外にどんどん挑戦している選手が出てきているわけだし,それで日本のサッカー人気が衰えているわけでもないし(J-リーグ自体はこんなもんなんじゃないかと思う),むしろ代表レベルだと一昔前とは比べものにならないくらい高いと断言できる。(よく「ドーハの悲劇」なんてのも語りぐさになりますが,単にあれは当時の選手層が薄かっただけの話。全体の水準も低かったし,都並の怪我で左サイドバックの人材が枯渇してしまって,代表引退状態だった勝矢選手を担ぎ出していたと記憶する)

この手の海外への扉は,外資系企業に勤めるビジネスマンにも言えることだし,アカデミズムの研究者たちにも言えることで,より待遇の良い,つまり自分の力を評価してくれるところに行けばいいというだけのことである。

それで,組織同士で競争しあっていけば経済の「見えざる手」みたいなもので,業界自体が活性化していくものだと思う。

「日本人の癖に,日本にその能力を還元しないのはけしからん」だとか,「非国民め」といった言説に私は与しない。

メジャーリーグは,まず球場がきれいだし,観客動員も好調だし,それにアメリカ全土で野球を愛しているという雰囲気があるのがいい。

選手会の力も強いので,選手も経営者から尊重されるし,コーチ,監督といった指導者にもきっちりとした指導教育が施されるので(だからメジャーでは,必ずしも名選手だった人が監督になれるわけでもないし,選手としてはイマイチでも名監督になるといったことが珍しくない),日本のような暴力的な支配がまかり通ることもない。

トレーニングコーチやコンディショニングコーチも専門知識に優れた人たちだし,科学的根拠に基づいた基礎トレーニングを積むことができる(もちろん,人成長ホルモンなどの薬物が蔓延している状況もあるのだが)。

トレーニング施設の充実度ぶりは日本の比ではないし,望めば多様なことが可能になる。

ナベツネさんをはじめとする球団が「たかが選手が」という扱いをすることもないし,中道のように選手を私有物扱いにすることもない。

ジャーナリストもパパラッチを除けば,野球の知識があって,きちんと下調べをしてからインタビューを取りに来る。日本のように芸能人やら素人がワケの分からないトンチンカンな質問をぶつけてくることはない(まぁ,女子アナなんかは嫁さん候補になるので,それはそれでいいのかもしれないが)。

それに投手なら,厳格に肩と肘をはじめとするメディカルチェックが施されて,決して無理をさせることもない。日本のように球団のために自己犠牲を強いられることもない。

松坂大輔が靱帯がなくなるまで酷使されてきたのに対し(トミー・ジョン手術の際,医師が驚いて目を丸くしたという話),今年,ポストシーズンでの活躍が期待されていたスティーブン・ストラスバーグが160回の投球回数制限に達したということで投球を止められたのとは雲泥の差である。

成功すればプロの選手として尊重され,最高の舞台が提供され,その待遇も日本よりずっといい。

リーグ全体のレベルも高いし,能力のある選手はどんどん挑戦すればいいと思う。現に,同じく日本のアマチュアから直接メジャーに挑戦した,レッドソックスの田澤投手は目に見えてステップアップして,よい投手になっているのが分かる。(来年の活躍は間違いない)

日本のように,週刊誌やらスポーツ紙にあることないことが書かれて,タニマチの相手をさせられて,挙げ句暴力団の食い物にされて,球団と経営会社にいいようにこき使われて,気に入られなければ捨てられるようなこともない。

それに,NPBは日本の野球界に育てられてきたくせにという恩着せがましいことを言っているが,プロ・アマ協定を作らせて,プロ野球選手ならば自分の息子にすら指導できない程にあれこれ窮屈にさせてきたのは誰の責任だと思っているのだろう。

高野連もたいがいだが,なぜか日本は組織のトップの人たちの思考能力が硬直化する傾向にあるらしい。

こういう状況下で,日本のアマチュアから直接メジャーに行った選手には3年間プレーさせないとかいう鎖国的状況を作り出した日本の野球界の閉塞感が残念でならない。

メジャーでもダメで,日本のどこの球団も手を挙げないならそれでよいではないか。選手としての価値があると見なされればどこかが拾うだろうし,そうでもなければ契約されないだけの話である。

日本のプロ野球の水準もけっこう高い。何をそんなに狭い考えに固執しているんだろうと思う。

そういうわけで,もちろん厳しい世界に飛び込むことにはなったのだけれど,挑戦していく若者にエールを送りたいと思っている今日この頃なのである。

ただ,個人的に大谷くんには野手として頑張ってもらいたいな。(懐の深い構え,バットスイングの柔らかさ,ベースランニングの技術,卓越した送球技術は超一流の野手になれる可能性が感じられる)

2012/10/20

前向きな人たち

しばらく見かけていない学生さんにふと集中的に出会うということがけっこうある。

まぁ,人と会う時なんてそんなもんですよね。会う機会が急に集中したり,バッタリとなくなってみたり。

一昨日,そういう人たちに何人か出会ったのだけれど,なんとなく反応がおもしろかったので列挙してみる。

1 「私に会いたかったんですか?」

2 「私のこと好きなんですか?」

3 「狙ってやってるでしょ」

思わず,「なんでやねん」と言いたくなるような反応ばかりですが,前向きなんですからいいですよね。

そう言えば,以前,学外でとある面識のない学生さんに話かけられて,

「先生,私とよく目が合いますよ。先生,絶対,私のこと好きでしょ?」とか言っていた人もいたのだけれど,思わず,

「なんでそんな前向きやねん。自己啓発セミナー行ってきた帰りかっ!」

とツッコんでしまいました。でも,ネガティブな感情を抱かれていないのはよかったと思いますけれど。

『前向きに 駐車場にも 励まされ』(サラリーマン川柳)

2012/10/14

顔が割れる?

札幌で大規模な買い物に行くとすると,札幌駅前から大通りの辺りがメインになります。

そういった繁華街では,必然的にアルバイトの機会も多くなる。

女子大生だと,接客のバイトをする機会がたくさんあって,うちの学生さんたちも多く働いているのだけれど,一番「おっかないな」というのが,こちらが顔も名前も知らないのに,向こうが一方的に知っているということがあること。

あまりありがたくないのだけれど,私の顔はけっこう割れているらしく,授業も何も受け持っていないのに,知っているという学生さんがやたらと多いようなのです。

キャンパスの廊下で,名前も所属も学年も知らないという学生さんたちと雑談をしていることもけっこうある。

こういう状況だと,「目撃情報」が語られるということもあるし(e.g. 「先生,昨日,○○にいましたよね」,「先生,昨日○○で話をしていた女の人誰なんですか?」),街中でいきなり写メールのターゲットになることもある。

四六時中,監視されている気分になる。

しかも,女の子ちゃんたちは,やたらと情報を共有したがるので,私がいつどこにいたのかとかいう話がすぐに広まっていることが多いので,何かと窮屈な思いをすることがある。

場合によっては,来店して何かサービスしてもらえるという利点があることもあるのだけれど,素性が明かされないということもあるので,用心は必要である。

例えば,札幌の中心地ではないけれど,私が行っているスポーツジムと同じ建物内の某レンタルCD/DVD屋さんの店員さんがうちの学生であるというケースがある。

まぁ,エロDVDとか借りたこともないし,特に怪しいとされる趣味のDVDなんかも借りたことはないので,心配することもなかったのですけれど,もし借りていたらどうなっていたんでしょうかね?

例え学外であっても「教員としての自覚が足りなかった」とかいうことで,セクハラ処分の対象なんかになりえたのでしょうか。よく分からないですけれど。

なお,そのスポーツジムの受付にも新しくうちの学生さん(しかも授業を受け持っている)が入っていました。知らないうちに時々喋っていたのだけれど,愛想良くしておいてよかったです。

あと最近では,とある買い物をしていた時に「美人な店員さんだな」と思って話し込んでみたら,私の所属していない方のキャンパスの学生さんだったということもありました。こちらは後日,そのキャンパスでも会って,ちょっと話し込みました。まぁ,こっちは受け持ちでも何でもないのでほっとしましたけれど。

ところで,キャバクラとか夜のお仕事系で店員と客という関係で会ったりしたら,気まずいんでしょうね。お互いに「秘め事」のように共通の隠し事ができたりしたら,なんかややこしそうだな。

なお,未だにこの手の店に行ったことはありません(本当に)。

身元も知らない女性に大金はたいて,無理矢理「すごーい」とか言わせることに無駄金を払う気になれないんですね。どうせだったら,下心なしで,その辺の学生さんにでも投資して飲みかお茶に行った方がよほど生産的だと思う。

そんなこんなで,地方都市だと,気兼ねなく街中を歩けないのは,ちょっとめんどいですね。

2012/10/05

微妙な時差ボケ

帰国した翌日は普通に生活できていたのだけれど,翌々日から変な時間帯に起きてしまう習慣が続いています(今日も朝の2時前に目を覚ましてしまった).

しゃーないので,元気なうちに仕事してよう.(頭も目もやたらとさっぱりしているし)

学会はなんだかんだでよかったです.職人系の人たちの話がたくさん聞けて,勉強になったし,水準が高かったので退屈する発表もなく,いい刺激を受けてきました.それに,優秀で魅力的な人たちに出会える機会があるのがとてもいい.

学会というと,発表の終了後に,やっぱり飲み歩きが基本になるのだけれど,ドイツ料理は記念に

「まぁ,食べておこうか」

という水準ですね.塩辛いし,油も多いので,なんか酒のあてにするのと栄養補給のためだけの料理という感じがする.


(こういうの.魚も悪くないし,ジャガイモも悪くないのだけれど,塩が多い.本当に多い)

最終日はイタリアンだったのだけれど(ドイツは相対的にイタリアンレストランが多いような気がする),やっぱりおいしかったですね.前回ベルリンに来た時も,パンナコッタが美味しかったのだけれど,今回もパンナコッタが美味しかったです.この濃密なパンナコッタは日本のイタリアンレストランではお目にかかったことがないのだけれど.

あと,ピザもイタリアンが個人的に好み.生地が薄くてパリっとしていて,モッツァレラとヨーロッパの濃いトマトが載せてあって,新鮮なバジルにアンチョビが載せてあるのがとてもおいしい.日本でもよくある,アメリカナイズされたピザは個人的にあまり好みじゃないのです.すみません.

これに加えて,シーフードの載ったサラダ,ラビオリ,ペンネ,あと,なんかいろいろ(忘れた)を同じテーブルの人達とシェアする.

このイタリアンレストランは,比較的高級レストランが集まる場所で,定職に就いている人は(自分を含め)かなり多めに出したのだけれど,ワインをさんざん飲んだのにもかかわらず20ユーロとちょっとで済んでしまいました.

日本円で2000円ちょっとと考えると,この安さはわかってもらえるのではないかと思う.

というわけで,学会が終了し,みんなと呑んだくれた翌日は,ホテルで朝食を取り(焼きたての黒小麦のパン,クロワッサン,それと半熟のゆで卵にカリカリに焼いたベーコン,フルーツをたくさん載せたヨーグルト,煎れたての濃い珈琲がおいしかった),その後,ストレッチ,ランニング,ウェイトトレーニング,スイミングをこなしてからシャワーを浴び,さっぱりとしてから空港に向かう.

Tegelでは,SASを含めて,国際線のチェックインはのんびりとしていて(「ちんたら」していたと言った方が正しいのかもしれない.海外なんてけっこう適当である),出発が15分遅れる.

焦っても,乗客が何かできることもないので,近場のバーでドイツビールを飲んでボーっと出発を待つことにしていると,学会で一緒だったM大の先生と再会する.ヨーロッパではアジア人はけっこう目立つのである.

出発は遅れたものの,よくわからない理由で,経由地のコペンハーゲンにはわりと当初の予定通りの時間通りに着いて,普通に成田まで到達できました.

成田でとりあえずシャワーを浴びて(この前は500円で浴びれたのに,いつの間にか1000円になっていた),羽田に向かい(めんどくさい),そこから新千歳まで帰ってくる.

新千歳から札幌までの電車からの風景を眺めていると,

「おぉ,故郷に帰ってきた」

という気分になるのだけれど,うちの学生さんたちはまだ,私を道産子とは認めてくれないようである.たぶん,話し方に問題があるのではないかと思うのだけれど(相変わらず,日本語は大阪弁以外話せない).

ベルリンの壁の一部.ベルリンの壁崩壊のニュースはニュースステーションで見ていた記憶があるのだけれど,大きな歴史的出来事だったんですね(当たり前か).東ドイツと西ドイツのことについては,習ったことが急に変わったりと,ちょうど変革期に義務教育を受けていました.「正解」が変わるので,覚えるのに難儀した記憶があります.私も大好きだったキャプテン翼では,西ドイツ代表が国際大会の最大のライバルで,カール・ハインツ・シュナイダーが翼と小次郎の強敵でした.


ホロコーストの記念碑.遠くから見ると,小さな石碑に見えるのですが.


中に入り込むと,こういう深みにハマる状態になってしまいます.ホロコーストが,一見たいしたことがないように見えるのに,実際体験してみると,泥沼にはまってしまうということを表現したというのがこの記念碑の趣旨であるらしい.