2013/01/11

体罰は指導ではない

桜宮高校で体罰が原因で自殺した高校生のニュースが話題になっている.

一応,高校という現場をちょっと知っている立場の人間なので,正直なことを言ってしまうと.

体罰というのはまだまだ存在しています.(ついでに言うと,セクハラというやつも)

たぶん,全国の高校も似たりよったりだと思うのだけれど,スポーツが強い高校,特に桜宮のように体育科があるような所だとなおさら.

まず,こういう高校は中学から有望な選手たちを連れてくるので,中学とパイプができます.それで,こういうスポーツをやっている人たちは特待で大学や就職を狙っているという実情があります.

そういう立場で入部しているので,高校生たちは安易にクラブを辞めるわけにはいかないし(桜宮の場合,単位制になっているのでなおさら),転校することもできません.

がんじがらめにしているわけですね.

こんな状態なので,クラブ顧問はお山の大将であることが多く,特に体育教師という生き物は脳みそも筋肉でできているような人たちが多いので,けっこう好き勝手やっています.

もちろん,素晴らしい体育教師も少なからずいますが,とんでもない輩もかなり多いです.

はっきり言わせてもらいますが,体罰による効果的な教育というものはないと思う.

コーチないしは監督という立場の人間が選手に手を挙げる理由は,そもそも指導方法が分からないので暴力に訴えているか,自分の気分の向くまま振る舞っているかのどちらかでしかない.体罰をふるう人間は,単に指導力が足りていないだけのことなのである.

試合中にミスをしたからといって,手を挙げることによって,ミスが減るということもない.

選手はミスをしてはいけないと思って,思い切ったプレーができなくなってしまい,萎縮するだけの話である.

さらにはスポーツそのものを嫌ってしまうことにもなりかねない.

自分の絶対的な権力を誇示することによってしか,自分の価値を確認できない人間に一体何が指導できるというのだろうか.

もちろん,こういう絶対的な立場を誇示して傲慢に振る舞う例は実際にいくつか見聞きしているし,女子部の顧問であれば明らかなセクハラ行為をやっている人も珍しくない.

直近でも,やたらと「おさわり」をしてみたり,「根性があれば生理も止まる」とか言う人が近場にいました(生徒さんたちから聞いた話なので,実際に現場にいたわけではないのですが).

実は2ヶ月だけとある高校の女子バレー部の顧問をやったこともあるのだけれど,その際にも周囲のバレー部の顧問の先生の振る舞いに驚かされることが多々ありました.

「お前,単に女子高生の身体に触りたいだけやろ」

という行為をやっている人もいましたし,何よりびっくりしたのが,試合中にミスをした選手に怒鳴り散らし,椅子を蹴っ飛ばし,胸ぐらをつかんで,バレーボールを何度もぶつけたり,「帰れ!顔も見たないわ!etc etc」と罵ったりというタイプの監督を3校で見たこともありました.

大阪の高校の女子バレーでは,試合の後で相手の部員さんたちに囲まれ,挨拶されて,その後,アドバイスをしたり,コメントをしたりすることがあるのだけれど,私は積極的に相手(自分のところもだけど)のいいところを褒め,特にミスをして怒られていた選手を集中的にケアしたりしたことがあります(それで,泣きつかれたりするので,それをなだめたりもします.まぁ,10代の子供さんなんですし).

これはもちろん,「いい人と思われたい」とかいう邪心ではなくて,その手の体罰を受けていた人たちにバレーボールを嫌いになってほしくなかったというのが一番にあります.

「怒られ役」だの何だのと言われますが,この手の体罰を集中的に受ける人たちは,基本,優れた素質の持ち主であることは多いのです.「体罰をするのは期待の表れ」とかいう弁明も耳にしますが,確かにこういった人たちは「何か」を持っていることが多い.

そういった素質のある人たちが潰されることの方が私には耐えられなかったし,何よりスポーツを好きでいてほしかったのです.

アメリカに行った時にちょっと議論したことがありますが,確かに日本人はスポーツを楽しむということが苦手なようです.部活動はあくまで,指導と教育の一環で,そこでは楽しんだり笑ったりすることは御法度で,決してplayするわけではないんですよね.よく考えたらおかしな話です.

スポーツを楽しむことは罪悪で,苦しみの中にこそ喜びが生まれるという軍隊教育の一環なのかもしれない.

ただ,体罰が指導の効果的な方法の一つであるという感覚は,日本の「教育」に根付いている節があるので,これを改善していくことはけっこう難しいでしょうね.

高校野球では体罰等をしないということで有名な,大阪桐蔭の西谷監督さんのような人がいますが,こういった人たちが結果を出していくことによって,事態はちょっとづつ上向いていくかもしれません.

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