2013/05/05

敗者の視線

長嶋茂雄さんと松井秀喜さんの国民栄誉賞の授与式の模様を目にした.

いろいろと思うところはあるのだけれど,松井さんのエピソードに関して,「努力の人」というのにはちょっと違和感を覚えてしまう.

念のために言っておくと,彼が積み上げてきた途方もない練習量に関して,疑いの余地はない.素振りを始め,凄く地味なトレーニングを重ねてきたのだろう(素振りの量と言えば,個人的にはケン・グリフィー・ジュニアを思い出してしまうが).

しかしながら.

きっと今のプロ野球の中にも,彼と遜色ないくらいの練習を積み重ねてきている人も何人かいるのだろうし,他にも地道な努力を重ねている人はごまんといるはずである.

私のような半端者に言わせてもらえれば,彼らのような人間は野球の女神に祝福されている人たちなのである.

凡人がどれだけ努力しても,彼らの域に達することは決してできないのである.

私のような水準の野球の実力の人間などごまんといると思われるが,高校のそこそこのチームでなんとかレギュラーを張れる程度の実力の人間は,だいたいが小学校や中学校レベルではわりとちやほやされているレベルなのである.

それが,高校に入ると「こいつにはかなわない」という人たちを見かけることになり,生存のためになんとかモデルチェンジを計るわけである.

それこそ,小技や走塁技術の鍛錬は怠らないし,それに必要とあらばどこのポジションでも守れるようにしておかなければならない.さもなければ,レギュラーはおろか,ベンチ入りもままならなくなってしまう.

一方で,野球の女神に好かれている人たちには,努力などという積み重ねでは到底乗り越えられないような能力が与えられているのである.それは,そこそこのチームの主力選手でもそうだし,松井さんのようなレベルになると推して知るべしである.

ここ数十年,高校野球において,何十年に一人の逸材という選手が何人も出てきてはいるが,松井秀喜レベルの弾丸ライナーをスタンドに叩き込める人材は少なくとも出てきていないと断言できる.

それは,プロ野球を見れば顕著である.

懐かしの映像がたくさん流れていたが,日本人で松井秀喜レベルの「圧巻」と言うべきホームランを打てる選手は,彼が日本球界を去って以来,この10年以上一人として出てきていないではないか.

彼はそれだけ特別だったのである.

それにメジャーリーグという一流の中の一流が集まるリーグにおいて,日本人で年間30本というホームランを打てたのも,今のところ,彼一人だけである.

日本のミーハーな人たちは,すぐに松井秀喜をプーホールズだの,カブレラだのといった超一流の人たちと比べたがる傾向があって困ってしまうのだが,この手のレジェンドクラスの人間を除けば,松井秀喜という選手も十分に一流と呼ぶにふさわしい選手だったということはちょっと調べればすぐにわかるはずである.

一部,アメリカのメディアでも言われていたことがあったが,私は松井秀喜はポール・オニールに匹敵する選手であったと思う.オニールはヤンキースの90年代の全盛を支えた主力選手であったが,左の強打者でミートがうまく,また長打力もあり,状況に合わせたバッティングができるなど,松井秀喜と同じようなタイプのすばらしい選手だったのである.

ニューヨークのヤンキースファンならオニールがすばらしい選手であったという評価に疑問を挟む人はいないはずである.松井秀喜はそれと比べても遜色ない活躍をしたと私は思う.

これだけの能力を野球の女神に与えられたということは,本当に特別なことであると私は思う.松井さんがインタビューで「責任」という言葉を口にしていたが,おそらく彼もどこかでそのことは自覚していたのではないだろうか.

我々一般人は,そのような野球の女神に祝福された人間のパフォーマンスを存分に堪能すればそれでいいのだと,今なら思ったりもする.

この手の成功者の美談を語る時には,彼らの成功の秘訣というものがもてはやされるが,その陰では多くの一般人が,彼らのような女神に祝福された人間を横目に挫折を味わってもいるわけである.一人の勝者の前には,何十万もの敗者が存在するというのが世の常である.

自分は数多くの敗者の一人ではあるが,成功者の偉業を称える心意気だけは持ち合わせていたいと思う.

ちなみに,日ハムの大谷翔平選手が野手に専念すれば,松井秀喜レベルの水準に達するポテンシャルはあると思うのだけれど.(でも,投手のポテンシャルも捨てがたいんだよねぇ)

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