2013/09/29

階級差

実は普段の買い物は,職場の近くのA木スーパーという格安のスーパーに行くことが多い.

いろいろな品を安い値段で置いてあるのはいいのだけれど,さすがに品はそれほど「いい」ということはない.

正直,ニンジンなんかは腐っていることが,ゴホゴホ...

まぁ,野菜が基本的にわりと安めで,肉と魚介類もけっこう安いし,帰り際に立ち寄るのに悪くない場所にあるので結構買い物に行っている.

しかしながら.

格安のスーパーなので,正直,客層の社会階層はちょっと低い感じです.

駐車場の車は,古いのだとか,軽自動車が多いし.

お客は,主婦の人たちが多いのですけれど,着ている服がよれよれで,髪が茶髪でハリがなく,パサパサ.まぁ,なぜか,財布はヴィトンが多いのですけれど.

お子様たちもあまり行儀がよろしくなく,店内を騒ぎまくって走り回っているのはごく当たり前で,ひどいのになると,チェックアウト前の商品を開け出すのもいる(アメリカとか韓国ではよくある風景だけれど).

店員さんも基本,あまり愛想はよくないし,それに仕事のやり方もあまり「てきぱき」とした雰囲気が感じられない.

まぁ,そんなところです.大阪だと,スーパーT出を想像してもらえればわかるのではないかと.

一方で.

実は自分もよく知らないで今の住まいを決めたのだけれど,一応,この近辺は名古屋の高級住宅地の一角なのだそうです(初めて来た時から静かで心地よかったわけだ).

なので,家から歩いて行ける距離にあるちょっとしゃれたスーパーに行ってみると,先ほどのスーパーとは風景が一変する.

まず,駐車場に泊まっている外車とレクサスの割合がとても高い.(ベンツ,アウディ,BMWが多い)

まぁ,駐車場のスペースは悪くないのだけれど,ちょっと狭いのが難点である.なぜか,女性のベンツドライバーが多く,駐車にやたらと時間がかかるのがちょっとした悩みの種.それで,ちょっと駐車場内が混雑してしまうのだ(車体がでかくて運転が難しいのだから,わざわざベンツにしなくてもいいのに,と思ってしまう).

店内は雰囲気がまずきれい.それに,品物もいいのが多い.

多少,値が張っている感じだが,それでも手が出せない程でもない.一人暮らしだし,正直,ここで買い物をしても,前述したA木スーパーと月の食費で2000か3000円くらいしか変わらないと思う(たぶん).

客層も雰囲気が良い.

まず,身につけている服装がしっかりしているし,それに子供たちがちゃんとしつけられている感じである.

多少は動き回るけれど,全力で走り回ったり,叫び回ったりしていることはない.

それに,なぜか,若い女性にきれいな人が多いような感じである.お嬢様というか,雰囲気がいいというか.(ちょっと雑談しただけだが)

これが,名古屋嬢というものなのだろうか.

小さい頃は社会階層なんて気にもとめていなかったのだけれど,世の中,こんなものなのかもしれない.

まぁ,日本は欧米ほど極端な格差があるわけでもないのがいいところだったのだけれど.(適当なところで格差は止まっていてほしいものである)

2013/09/12

そして翌日

見事に肩が顔の所までしか上がらない...(イタタ)

それで,足がやや筋肉痛(まだ2日後には来ない).

それ以上に,身体の疲れが...(程よい疲労感を通り越している...)

小さい頃から馴染んでいること

えと,今日は一年生のガイダンスがあったので,ちょっと喋ってきました.

一口に「一年生」とは言ってみても,前任校と違って,350人くらいの学生がいるのです(前任校では一学科80人定員だったので,規模が違う).

というわけで,大教室で,多くの学生さん相手に喋る.

今までは,K塾で喋った200人くらいが一番多い聴衆だったので,もしかすると,人生で一番多い聴衆を相手に話をしたのかもしれない.

ちなみに,ガイダンスとは言っても,40分喋るところを20分で切り上げつつ(だいたい,「教師」という人種は無駄話が多すぎるのだ),いろいろと漫談で場を盛り上げることにもそれなりに成功した.

一方で,伝えなければならない情報は確実に伝えたので,それはそれでよかったのだと思う(たぶん).

今時の学生さんたちは,何か言いたいことがあると,すぐにtwitterやfacebook, Lineといったメディアで情報を共有したがる特徴があるらしく,本日の私のトークもかなり話題にされていたそうである(ちなみにtwitterは見せてもらったが,あれやこれや反応が見られたので結構おもしろかった).

まぁ,「死ね」とか,悪口を言われていなかったのはいいですよね.これだけ人数がいると,何もしていなくても無性に嫌われるということがある(はずな)ので,そういったネガティブな発言が自分の耳に入ってこなかったのはよかった.

ガイダンスが午前中に終わり,昼食と幾ばくかの書類仕事を処理して,その後,誘ってもらっていた大学の野球部の練習に参加させてもらってきました.

楽しかった!

ボールを投げるのも,捕るのも,一つ一つの動作が楽しいし,グラウンドに出た時に感じる雰囲気を堪能していると,自分が若かった頃のことを思い出す.

もちろん,現役の頃のような動きは全然できないのだけれど,30代中盤の中年とは思えない俊敏な動きを披露して,現役の選手たちの中に混ぜてもらいました.

自分は,言語研究に没頭するまではずっと野球をして生きていきたいと思っていたので,今日は本当に楽しかったです.まさか,言語研究と野球を両立させる道がこの世に存在していたなんて(少なくとも,大学の体育会の野球部の練習についていく准教授なんてものは,日本全国探してもいないのではあるまいか.「体育学」の専攻の人たちを除いては).

それと,身体を動かした後は,妙に頭の回転もいいことに気づきます.実は,論文を書くと決めた日にも,自分は「バッティングセンター休憩」というものをとるようにしているのだけれど,やはり小さな頃から,「野球をして,勉強をする」というサイクルが身体の中に染みこんでいると,野球をすることによって,脳内が活性化するのが本当によくわかります.

身体を動かすと,脳の働きもよくなります.これは間違いない事実だと思う.

というわけで,今日は体調も,脳の働きもすこぶる快調でした.今後も,時間を見つけて若い人たちとたくさん野球をしていきたいなと思います.それに,硬式球を扱えるのも後数年になってしまうだろうし.

ボールを投げて,捕って,打つ感触の気持ちよさを考えると,自分が男に生まれてきて本当によかったと思う.



まぁ,顔が写っているわけでもないですし,写真を披露させてもらいます(マネージャーさんに撮ってもらった).これはシートバッティングで,頼まれたのでピッチャーをしているところ.スライダー(カーブかもしれない)は封印して,一応,ストレートだけを投げました.ただし,足腰が弱まっているせいか,時々体重が乗らなかったり,指先に力が入らなかったりするので,自然とチェンジアップのような球筋になってしまうこともしばしば.

しかし,時折,体重が乗ると,それなりの球がいくので,それはそれで楽しかった.

他にも,ノックやバッティングにもフルで参加させてもらいました.いやー,いい経験でした.今度,試合にはスポーツドリンクを持って駆けつけます.

ところで,大学教員に選手登録はできないのだろうか(私は留学に行ったので,あと2年ほど,大学野球連盟に登録し直す資格があると思うのだが).

2013/09/06

品のない話(五輪招致について)

東京五輪 優勢一転 原発汚染水問題に質問集中も準備不足露呈

2020年度のオリンピックがどこで開催されるのかが,あと2日で決まる.

私の実際の生活の中でオリンピックが話題になることはないのだが,メディアではいろいろ放映されているようである.

自分の全くの個人的見解を述べれば,オリンピックが生で観戦できる可能性ができ,世界中の著名なアスリートが日本に結集する機会があるのであればそれはいいことなんじゃないかという感想である.

祭りの機会が出来るし,経済も刺激できるのだから,それはいいことなのだと思う.

しかし,どうも「ぜひとも東京に!」という気分になれない.

それは現在の東京にオリンピックを招致する資格がないからなのではないかと思うからである.

上記リンクのニュース記事を見て,その感覚がわかったような気になった.

今回,東京がオリンピック開催地に選ばれないかもしれないというマイナスファクターになるものは,なんといっても原発の汚染水問題である.

それさえクリアできれば,マドリードにもイスタンブールにも負ける理由はないと思う.

ただ,東京五輪の招致に関わっている人たちにとって,この種の汚染水問題というのは,「人ごと」という認識でしかないということが,彼らの言葉の端々に感じられる.

「福島はともかく,東京は...」

「政府が470億円を出して除去することを決めた...」

自分が海外の遠いところにいたとして,彼らの発言はどのようにうつるであろうか.

距離感や土地勘がなければ,そもそも福島と東京との関連がわからないし,それに福島が一段落したのかさえわからない.

そもそも普通に日本で暮らしている我々の大半に,福島の現状が知らされていないのである.

もしかすると,反原発団体の人たちが言っているように事態は収束できないほどに悪化しているのかもしれないし,これまでは嘘ばっかりだったけれど意外と東京電力が言っていることはそれほど的外れではないという可能性もある.

とにかくわからない,不安.

これが嘘偽らざる日本国民の大半のコンセンサスであると私は推測する(根拠がなくてすまない).

そもそも現状がわからないのだから,470億円を投入するからといって事態が収束するのかということもさっぱりわからないし,どうやったら大量の汚染水を処理できるのかも専門家ではない自分には皆目見当がつかない.

ということは,日本の五輪招致に関わっている人たちの主張はそもそも何の解決にもつながらないということなのである.

悪意を持った読み方なのかもしれないが,少なくとも私には,彼らの主張は

「福島や東北のことはわからんけんども,少なくとも東京でやる限りには問題ないけん,わしらに五輪を開催させてくれ」

という風にしか解釈できないのである.

おかしな話である.

私が「おかしい」と感じるのは,彼らの主張が単にビジネス上の交渉のようにしか思えないからである.

もちろん,現実主義的な人たちにとって,「オリンピックはビジネスチャンスの一つ.IOCなんざ金にまみれた営利団体」ということになるのかもしれない.

そういった側面があるのは否定しない.

しかしながら,オリンピックや各種スポーツのワールドカップには,スポーツの形をとった代理戦争,経済興行といった側面の他に,他国,特に普段つながりのない国やお互いなるべく関与したくない国と関わりを持ち,ある特定の地域の魅力をアピールするという平和の祭典としての側面も少なからずあるはずである.

EUやアメリカと比べればそれほど経済的にも問題を抱えていないことを考慮すれば,海外の人たちが最近日本に対して持っているイメージは「震災・原発」の2つであると思う.

震災から立ち直りのきっかけを見せ,原発事故にも対処し,東京は相変わらず平和なメガロポリスの中心であるということを披露すること.

それこそがIOCや他の諸外国に対して見せなければならない姿勢であり,かつ見せることが期待されていたことなのではないだろうか.

五輪招致がビジネスチャンスの1つでしかないという人たちにとって,福島の問題など所詮「人ごと」なのだろうし,彼らの頭の中には,五輪では,競技を実施する箱物,交通機関,東京だけの安全が確保されていればそれで必要十分という認識しかないのであろう.

頭の中でそろばんをはじくことにしか興味がない人たちが主催する「お祭り」には,どうも品が感じられないと私は思う.