2014/04/29

通い妻をもてるか

一人暮らしの独身男性の家にみりんがあれば,通い妻のような女性の存在を疑え.また,料理酒や酢なんかがあれば,確実にそのような存在の女性がいるとかいう話を時々耳にする.

昨今の晩婚化の影響を受けてか受けていないのかは知らないけれど,私はまだ独身な上に,人生で今まで通い妻のような存在の女性を持ったことはない.

こんなところで誓っちゃうのだけれど,本当にもう全然ない.

そんな私の家というか,マンションの部屋なのだけれど,当然のようにみりんは常備しています.

料理酒はもちろんあるし,それどころか,安物の白ワインも西欧料理の時に使うので,常備してあります.

酢なんかに至っては,四種類常備してある.米酢に,白ワインビネガー,赤ワインビネガー,それとバルサミコだ.

というわけで,みりんや酢の存在がそのまま通い妻の存在を裏付ける証拠になると言えるかというと,そんなことは全然ないということができる.

まぁ,これは帰納法というか,個別の事実をいくら重ね合わせてみても,ある種の原因を正確には特定できないという論理学の基本にもつながる話である(アブダクションではないというか).

通い妻的な女性の存在の特定と言えば,他にも,一人暮らしの男性の家に,その男性の髪型からは考えられないような長い髪の毛が落ちていた場合,女性の存在を疑えとかいう話もある.

マーキングがてら,女性が部屋に髪の毛を落としていくとかなんというか.

しかし,この種の髪の毛の存在も女性の存在を特定する材料にはならないと思う.

というのも,普通に大学や職場なんかで女性と接触(物理的にではなくても)していると,いつの間にやら身体の一部ないしは荷物なんかに女性の髪の毛が付着していることは珍しくない頻度であるからである(だから,長い髪の毛が落ちていたからといって,世の女性陣は男性を疑うのはやめてください).

話を戻して.

普通に私のライフスタイルを知っている女性なんかと話をしていると,誰も私の通い妻になんかなろうとする人なんかいないですよと断言されてしまう.

あれこれと,料理のことを知り尽くしている人間に,あえて何かを作ろうなんて気は起こらないからなのだという.

そんなこんなで,はっきり言わせてもらうけれど,料理ができるということがもてるということにはつながらない(私の存在がいい証左である).

世の女性陣の多くは,例えば速水もこみちのようなかっこいい人が優しく料理を作ってもてなしてくれる姿に憧れを抱いているだけのことであって,身近な男性があれこれと手際よく料理をこなしてしまうことは,自分に対する過度なプレッシャーを増やすだけのことであって,あまり歓迎する自体ではないのではあるまいか.

そういうわけで,一人暮らしで家事が上達する毎に婚期が遠ざかる気がする今日この頃である.

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